2026/09/14

絵の具から見えてくる北欧の風景 
美術家・加藤巧さんと学芸員が語る
「スウェーデン絵画」展 愛知県美術館

愛知県美術館では、2026年10月4日(日)まで スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやきを開催中です。本展は、近年世界的に注目を集める北欧美術の中でも、スウェーデンの絵画に特化した日本初の展覧会です。19世紀末から20世紀初頭にかけてのスウェーデン絵画の黄金時代に描かれた絵画には、北欧特有の風景や暮らしが数多く見られます。北欧の風景を思い浮かべたとき、赤い壁に白い窓枠の木造住宅をイメージする人も多いのではないでしょうか。「スウェーデン絵画」展にも、スウェーデンの国民的画家カール・ラーションの作品をはじめ、赤い家や家具がたびたび登場します。スウェーデンの伝統工芸品、幸せを運ぶダーラナホースの色でも知られる、この赤い塗料に着目してみましょう。

 

アルフレッド・ヴァールバリ《ヴァックスホルムの眺め》1872年 スウェーデン国立美術館蔵 
Photo: Nationalmuseum

 

カール・ラーション《カードゲームの支度》1901年 スウェーデン国立美術館蔵 
Photo: Anna Danielsson / Nationalmuseum

 

 
お話を伺うのは、絵画を中心に制作しながら、ものづくりの技術や材料についての研究も行っている美術家・加藤巧さん。加藤さんは2023年、フィンランド北部で伝統的な手作り塗料「punamultamaali(プナムルタマーリ)」を調査。自ら塗料をつくり、現地の人々と建物を塗る作業も行いました。今回は、加藤さんの海外滞在先と愛知県美術館をオンラインでつなぎ、企画普及課長の副田学芸員、本展覧会を担当した白鞘学芸員と対談しました。加藤さんならではの視点から画材や描き方にも注目し、「スウェーデン絵画」展の作品を読み解きます。

 

ゲスト:美術家・加藤巧さん

加藤巧
Takumi Kato

美術家。絵画を中心に制作しながら、ものづくりの技術や材料についての研究も行っている。2023年には北欧の伝統的な手作り塗料「punamultamaali」を調査しにフィンランド北部へ。現代の制作に応用する作品や研究を発表。25年には企業の色材研究者と連携して、見る角度によって見え方の変わる「無色パール剤」を扱いながら、「違う立場の人が一緒にものを見ること」をテーマにした展覧会「光を練り合わせる ー絵画と科学の対話からー」(BankART Station/横浜市)を企画、開催。
現在は「文化庁新進芸術家海外研修制度」でイタリア・フィレンツェの文化財修復の研究所を拠点にして活動中。過去から現在までの絵画技術を研究して、現代表現に結びつける制作と研究を進めている。26年「令和7年度愛知県芸術文化選奨・文化新人賞」受賞。


Web takumikato.com
X @katotakumi
Instagram @takumikatostudio

 

まず初めに… なぜ、絵の具を自分でつくるのか

副田 そもそも加藤さんは、どうしてフィンランド北部で「punamultamaali」という塗料を調べることになったんでしょう?

 

加藤 僕は絵の具を自分でつくるところから制作を始めるんですよね。そうすると、いろいろな地域や時期の絵の具のレシピを調べていくことになります。その一環で、暑いところや寒いところへ行って制作してみたかった時期があって。環境によってレシピが変わることがあるから、それを試しながら制作したかったんです。それで2015年に一度、フィンランドへ行きました。北極圏に近い北の方で滞在制作をしていたんですが、滞在先のアートセンターに25kgくらいの顔料の袋が置いてあったんです。「なんでこんなに顔料があるの?」と聞いたら、建物に塗るための塗料を自分たちでつくるんだ、と。絵を描く人と絵の具をつくる人が分かれているのが一般的な今の感覚からすると、専門家ではない人が自分で絵の具をつくることが生活の中にあるのが面白かったんです。そこで、コロナ禍でタイミングをうかがいながら、23年に改めて調査に行きました。

 

副田 その時の報告として、加藤さんが書かれた論文「フィンランド北部地域の自製外壁塗料"punamultamaali"とその絵画利用」がめっぽう面白かったのを覚えていて、今回の「スウェーデン絵画」展とつながるのではないかと思い、お声をかけさせていただきました。

 

スウェーデンの風景を彩る「赤」の正体

副田 「スウェーデン絵画」展でも印象的だったのが、スウェーデンの家々に使われている赤い塗料でした。白鞘学芸員も現地で見たんですよね。

白鞘 はい。今年の5月にスウェーデンを訪れました。スウェーデンには赤い塗料が使われている家がたくさんあって、その塗料がファールンという町の銅山から出る酸化鉄を多く含んだ副産物を利用して作られた「ファールン・レッド」というものだと知りました。スウェーデン中部、ダーラナ地方の山あいに位置する「ファールンの大銅山地域」は、かつて全世界の銅の3分の2を産出した大銅山の跡地で、世界遺産にも登録されています。銅山で働く人たちのためにつくられた住宅も残っていて、赤い壁の街並みが今もきれいに保たれています。

 

ファールン大銅山の掘削跡


ファールンの大銅山地域の労働者用住宅

白鞘 ファールンの町からほど近いスンドボーンという小さな村には、カール・ラーションが暮らした家や庭が保存されている「カール・ラーション・ゴーデン」があります。この村でも赤い家をたくさん見ることができて、「カール・ラーション・ゴーデン」でも、建物の外壁だけでなく、柵や窓の格子まで赤く塗られていました。フィンランドでは、これとほぼ同じ「punamultamaali」という塗料が使われていて、加藤さんが調査されているということで、ぜひお話を伺いたいと思ったんです。



「カール・ラーション・ゴーデン」内にあるラーション一家の住まい「リッラ・ヒットネース」


スンドボーンの街並み

 

加藤 スウェーデンのこの街並みは、色が均質で濃くて、見た目が揃っていますね。フィンランドでは、こんなにたくさん密集して塗られているところは、あまりなかったような気がします。もっとポツポツと建物が点在していたり、保存地区では色褪せて、もう少し落ち着いた風合いになっていたりしました。塗料には美観のためだけでなく、木を保護する役割もあります。現地で聞いた話では、きれいに見せるなら10年、20年で塗り替えてもいいけれど、木を保護するという機能だけなら、もっと長く持つそうです。フィンランドでは、海沿いの木造の倉庫で200年近く塗り替えていないような建物も見ました。

 

絵の具づくりが、人が集まるきっかけになる

副田 実際に、加藤さんもフィンランドの現地で塗料をつくられたんですよね。

 

加藤 つくりました。家一軒を塗るための塗料なので、レシピを見ると水200リットルとか、すごい量なんですよ(笑)。僕は10分の1くらいにしてつくったんですけど、それでも大きな鍋が必要なので、近所の人に借りました。火を焚いて、何時間も混ぜ続けるんです。混ぜないと焦げつくし、だんだん重くなってくる。煙たくて目も痛いし、一人で真面目にやると結構しんどいんですよ。でも現地の人たちは、みんなで集まってつくるんです。「この日に絵の具をつくるから集合ね」みたいな感じで。


「punamultamaali」を作っているところ。一緒に絵具を作っているのは彫刻家の Antti Ylönen さん

 

白鞘 加藤さんも一緒に建物を塗ったんですか?

 

 

加藤 小屋を塗らせてもらいました。近所の人が来て、ビールを飲んだり、バーベキューで魚を焼いたりして、ときどき塗る(笑)。「なんでわざわざ自分たちでつくるの?」と聞いたら、「そのほうが安いから」と言われて。絵の具をつくること自体が、ある種のソーシャルイベントみたいになっているんですよね。みんなでつくって、みんなで塗る。余ったら「来週、あなたの家も塗ろうか」ということになる。そうやってコミュニティの中で続いているんです。

 

フィンランド北部の町、イーにある薪小屋。「punamultamaali」を塗る前と後

美術家・加藤巧さんが「スウェーデン絵画」展で注目! カール・ラーションの描き方

 

副田 今回、加藤さんに「スウェーデン絵画」展の図録をお送りしました。展覧会の作品をご覧になって、特に気になったものはありましたか?

加藤 カール・ラーションですね。今話していたような赤土色の家や家具がたくさん出てきて、ひとくくりに「スウェーデンらしい」と言っていいのかわかりませんが、こういう画家がそのイメージをつくっていったんだろうなと思います。あとは、水彩と油彩で描くプロセスがかなり違って見えるのが面白かったです。ラーションの家「リッラ・ヒットネース」を描いた作品でも、水彩画の《手紙書き》《アトリエ(『ある住まい』より)》では、輪郭線をかなりしっかり描いて、そこを基準に水彩で色をつけている。でも油彩画の《カードゲームの支度》になると、素描の優先順位が下がって、色を重ねながら描いているように見える。画材によって、線と色のどちらをどれくらい優先するのかをコントロールしているように見えました。

 

カール・ラーション《手紙書き》1912年 スウェーデン国立美術館蔵 
Photo: Erik Cornelius / Nationalmuseum

カール・ラーション《アトリエ(『ある住まい』より)》1894-1899年 スウェーデン国立美術館蔵 
Photo: Erik Cornelius / Nationalmuseum

 

カール・ラーション《カードゲームの支度》1901年 スウェーデン国立美術館蔵 
Photo: Anna Danielsson / Nationalmuseum

 

白鞘 ラーションはいろいろな画材を使っていますし、作品の用途によっても描き方を変えています。

 

加藤 器用ですよね。言葉で言うと簡単にできそうな気がするんですけど、実際にはそんなに簡単じゃない。頭で考えていても自分の癖が出てしまったり、逆に考えた通りにやりすぎると、味気ない、何かの模倣っぽい絵になってしまったりする。ラーションはそうなっていないので、面白い存在だと思いました。室内風景では、椅子の形や家具のデザインがしっかり描かれていることで、その場の臨場感が出ますよね。でも屋外で、たとえば白樺の葉っぱが何枚あるのかを克明に描いたからといって、その場所の臨場感が増すわけではない。だから風景では、少しぼやけていたり、描き切らなかったりする。そういう描き分けもあるんじゃないかなと思います。

 

北欧だからこそ生まれる「夏の夜」の風景

カール・ノードシュトゥルム《テューン島のホーガ盆地》1897年 スウェーデン国立美術館蔵 
Photo: Anna Danielsson / Nationalmuseum


リッカッド・バリ《ウップランド地方、ウースビホルムの夏の夜、月の出》1891年 スウェーデン国立美術館蔵 
Photo: Anna Danielsson / Nationalmuseum

加藤 展覧会後半の風景画も気になりました。北欧らしい風景が、だんだん増えていきますよね。たとえば「夏の夜」といっても、日本人の感覚とは時間帯が全然違うと思うんです。日本だったら夕方18時くらいに見える明るさでも、北欧では季節によって夜の23時くらいだったりする。完全に暗くなるのではなくて、周りが青くなっていくような感じなんです。フィンランドでも、夏至の時期はみんな田舎へ帰って火を焚いて過ごすこともあるそうです。水辺で火を焚くと、水に光が反射する。近しい人たちと語りながら、ずっと外にいる。気候もちょうどいいんですよね。だから「夏の夜」を描いた作品を見ても、僕たちが思っている夜とは違う。そういうところは、北欧ならではだと思います。
それから、風景画には横長の作品も多いですよね。北欧の土地は比較的平らで、草原がずっと均質に広がっている。日本だったら山の稜線が多くなったりすると思うんです。絵の比率もそうですし、なだらかな風景の中での過ごし方や、そこで彼らが感じ取っていることも、絵の中ににじみ出てくるようですよね。

 

オット・ヘッセルボム《夏の夜(習作)》1900年頃 スウェーデン国立美術館蔵 
Photo: Cecilia Heisser / Nationalmuseum

 

白鞘 加藤さん自身が展覧会の会場で実物を見るとしたら、どんなところをご覧になりますか?

 

加藤 個人的な意見になりますが、やっぱり、どんな手触りで描かれているのかは見たいですね。激しく描いているように見えるけれど、実はすごくゆっくり描いているとか。線がいっぱい残っている絵もあれば、同じ画家でも違う描き方をしている作品もありますよね。「この人はこんなにはっきり描けるのに、なんでこれはぼかして描いているんだろう」とか。そういうところを見ると、画家がその風景をどう感じ取って、どう見て、その結果どう身体を動かしたのかということが、筆跡として画面に残っていると思うんです。そこには、その人が感じた何とも言えない雰囲気みたいなものも残っている。だから、全体を見た後にちょっと寄って、「どんな手触りなのかな」「どんな感覚で描かれたのかな」と確かめたい。それが現物ならではかなと思います。

副田&白鞘 本日はいろいろなお話を聞かせていただき、ありがとうございました。最後に何かひとこといただけますか?



加藤 日本にいると、フィンランドとスウェーデンはどう違うのか、ノルウェーはどうなのかと、歴史も混ざり合っているので、なんとなく「北欧」とひとくくりに捉えてしまうところがあると思うんです。近代はここ百数十年の話で、後から意識されている民族性もあります。そもそも僕が行ったのはフィンランドですし、「スウェーデンらしさとは何だろう」と考えると、ひとことではなかなか言い表せないところがあると思いました。今回の展覧会には、そうした揺れ動きのある時代に描かれた絵画が多いですよね。カール・ラーションの作品にも、「スウェーデンらしさ」「この土地らしさとは何だろう」という意識が、あったのかなかったのか。赤土色の家や家具が登場したり、室内風景に北欧の暮らしが描かれていたりするところを見ると、そんなことも考えました。

「スウェーデン絵画」展の展示風景

 

2026年7月9日(木)〜10月4日(日)

スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき

 

場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)

時間/10:00~17:00※金曜~20:00(入場は閉館の30分前まで)

休館日/月曜日、7月21日(火)、9月24日(木)(※ただし7月20日[月・祝]、8月10日[月]、9月21日[月・祝]は開館)

料金/ 一般2,000(1,800)円、大学生1,200(1,000)円、高校生700(500)円、中学生以下無料

※( )内は前売券および20名以上の団体料金です。
※本展会期中に限りコレクション展もご覧になれます。

詳細はこちら

 

撮影/加藤巧、白鞘南海(愛知県美術館 学芸員)
取材・文/村瀬実希(MAISONETTE Inc.)

※ 掲載内容は2026年9月14日(月)現在のものです。

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