2026/08/11
「スウェーデン絵画」展と同時開催「2026年度第2期コレクション展」の見どころは? 愛知県美術館 学芸員ギャラリートーク
都会の喧騒や暑さから少し離れ、美術館で作品を眺めながら、ゆっくりと過ごしてみませんか。
「美術館はハードルが高そう」「どう楽しめばいいかわからない」という方も、どうぞお気軽に。「なぜこの作品がここにあるの?」「この作家はどんな人?」――そんな疑問に答えてくれるのが、学芸員によるギャラリートークです。同じ作品でも、見方がひとつ変わるだけで、面白さはぐっと広がります。作品にまつわるエピソードや展示の背景を知ることで、美術鑑賞がもっと楽しくなるはずです。
今回ご案内するのは、愛知県美術館の企画展「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」と同時開催中の「2026年度第2期コレクション展」。

20世紀西洋美術から近代日本画、現代美術まで、愛知県美術館のコレクションをさまざまなテーマで紹介する展示です。 各展示室を担当した3名の学芸員が、アート初心者でも楽しめる見どころを解説します。
- 目次 -
ウィーン、パリ、ベルリン、ニューヨーク。4つの都市を巡って、20世紀美術の旅へ
展示室4-5 結び目の都市


黒田 愛知県美術館は20世紀の美術がコレクションの中心になっていて、この展示では、そのうちの西洋美術の主な作品を扱っています。普段はひとつの展示室でダイジェスト的に紹介することが多いのですが、今回は大きい展示室をふたつ使って、西洋美術コレクションの全体像が見えるようなかたちで、たくさん展示しています。
都市ごとに芸術家たちの活動を見せていったら面白いんじゃないかな、と考え、「結び目の都市」という特集を組みました。当館の西洋美術は20世紀初頭から半ばくらいまでの層が一番厚く、その時代の美術は、都市を中心に展開していったんですね。歴史的にいうと、18世紀後半から産業革命が起きて、人口が一気に都市へ集中します。そうすると文化もそこに集まり、都市で展覧会が開かれ、新しい芸術がどんどん生まれていきました。

グスタフ・クリムト《人生は戦いなり(黄金の騎士)》1903年 愛知県美術館蔵

展示風景
黒田 ウィーン、パリ、ベルリン、ニューヨークという4つの都市が、さまざまなルーツをもつ芸術家たちの活動の「結び目」として果たした役割に着目。セクションに分けて、少しずつ時代が流れていくような構成にしています。
最初のセクションは、オーストリアの首都「ウィーン」です。ヨーロッパの歴史に大きな足跡を残したハプスブルク家の本拠地があり、歴史の古い都市なので、美術作品もたくさん集まっていました。ただ、伝統が長い分、とても保守的な都市でもあったんです。その保守的な雰囲気を打破しようとして、もともとあった芸術家たちの組合から分離し、独自の活動を始めた人たちがウィーン分離派です。その代表的な作家がクリムトですね。ウィーン分離派は、ヨーロッパ各地で展開されていた前衛的な美術を積極的に紹介しました。その展覧会では、自分たちの作品だけでなく、彼らが「面白い」と思ったヨーロッパ各地の芸術も展示しています。前衛的な芸術家たちは日本美術にも関心を寄せていて、作品にはフランス語圏のアール・ヌーヴォーから受け継いだ装飾性だけでなく、日本の蒔絵のような華やかなイメージも取り入れられています。

展示風景


黒田 2つ目のセクションは「パリ」です。このセクションからは大きな地図を掲示していて、赤い点で都市、青い線で作家の動きを示しています。19世紀後半から20世紀にかけて、パリには本当に多くの作家が集まりました。ここに名前が書かれている人たちは、今回作品を展示している作家たちです。作品キャプションに書かれている出身地を見てみるのも面白いですよ。

(左より)アンリ・マティス《待つ》1921-22年 愛知県美術館蔵、パブロ・ピカソ《青い肩かけの女》1902年 愛知県美術館蔵、ピエール・ボナール《子供と猫》1906年頃 愛知県美術館蔵
黒田 例えば、ピカソはフランスの画家と思われがちですが、実はスペイン出身なんです。マドリードからバルセロナへ移り、そこからパリへ向かっています。ミロも同じようにバルセロナからパリへ移りました。パリにはヨーロッパ中から人や文化が集まったので、作品もとても多様です。一方で、パリという都市そのものを描いた作品は、当館の所蔵品としては意外と少ないんですね。印象主義の画家たちのように、当時の画家たちは鉄道で比較的容易に行き来できるようになった、郊外の風景を描くことも多かったんです。

(左より)エドヴァルド・ムンク《イプセン『幽霊』からの一場面》1906年 愛知県美術館蔵、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー《グラスのある静物》1912年 愛知県美術館蔵、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナー《日の当たる庭》1935年 愛知県美術館蔵

黒田 3つ目のセクション「ベルリン」では、「パリ」とはまたちょっと違う感覚を受けますよね。最初に展示しているのは、実はドイツの画家ではなく、ノルウェー出身のムンクです。1892年、ムンクはベルリンで個展を開いたのですが、あまりにも衝撃的だったため、一週間で閉幕になってしまいました。ところが、それがきっかけでムンクの名前はドイツ中に広まり、前衛的な芸術家や画廊から注目されるようになります。その後、キルヒナーらのドイツ表現主義の作家たちも、少なからずムンクの影響を受けています。ドイツ表現主義は、目の前のものを忠実に描くよりも、自分の感情や内面を表現しようとした芸術運動です。《叫び》で知られるムンクも、まさに感情を絵で表現した画家ですよね。キルヒナーはベルリンを拠点に活動しながら、「非ヨーロッパの文化にこそ、人間の内面性が率直に表れているのではないか」と考え、アフリカや東南アジアの工芸品にも強い関心を寄せていました。

(左より)ラースロー・モホイ゠ナジ《コンストラクション『ケストナー版画集6』より》1922-23年 愛知県美術館蔵、ライオネル・ファイニンガー《夕暮れの海 I》1927年 愛知県美術館蔵
黒田 ドイツでは、第一次世界大戦後にバウハウスという造形学校が生まれ、さまざまな芸術家が集まり、新しい芸術の中心地になっていきます。ところが1933年、ヒトラーが首相になると、バウハウスは閉鎖されてしまいます。多くの芸術家たちはドイツを離れ、その中にはアメリカへ亡命した人たちもいました。そうしたなか、戦後のアメリカでは、ヨーロッパの美術を受け継ぐ新しい活動が展開されていくのです。

モーリス・ルイス《デルタ・ミュー》1960-61年 愛知県美術館蔵
黒田 4つ目のセクション「ニューヨーク」では、作品の大きさがまず印象的です。ヨーロッパとは違う、ダイナミックな表現を楽しんでください。モーリス・ルイス《デルタ・ミュー》は262.9×569.0cmという大迫力の作品で、5年ぶりの公開です。サム・フランシスは抽象表現主義を代表する作家の一人。大画面いっぱいに抽象的なイメージを描き、絵の具が飛び散ったり滴ったりする様子から、画家が激しい動作とともに制作している姿まで想像できます。抽象表現主義は「アクション・ペインティング」とも呼ばれます。鑑賞者が見ているのは絵そのものだけではなく、その向こうにある画家のアクションなんだ、という考え方もできるんです。

サム・フランシス《消失に向かう地点の青》(1958年)の展示風景
窓の中をのぞいてみたら、お化け屋敷みたい!? 影がゆらゆら。夏にぴったりの現代アート
展示室6 ボルタンスキーの《影》

クリスチャン・ボルタンスキー《影》(1986年)の展示風景
副田 クリスチャン・ボルタンスキーは、フランス・パリ生まれの現代美術作家です。日本でも、越後妻有の「大地の芸術祭」や「瀬戸内国際芸術祭」などに参加していたり、各地の美術館に作品が収蔵されていたりするので、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。この作品は見ての通り、手作り感のあるオブジェに光が当たり、扇風機の風でゆらゆら揺れる影を楽しむ作品です。「生と死」といった重いテーマを扱っているんですけれども、どこか楽しげでユーモラスなところが、この作品の魅力かなと思います。おどろおどろしいのかと思いきや、気の抜けたどくろやコウモリがかわいらしいですよね。

展示風景
副田 しかも、影だけを見るとちょっと怖いかもしれないんだけど、種明かしがわざと丸見えなんです。「お化けの正体はこれだったのか」というところまで全部見せるのが、この作品の面白さですね。愛知県美術館のコレクションと言えば、展示室4・5「結び目の都市」でご紹介したような西洋近代美術を思い浮かべるかもしれませんが、実はこうした現代美術も所蔵しています。光や音を使ったインスタレーションや、動きのある作品も結構あるんですよ。ただ、この作品は一室を丸々使うこともあって、展示するのはまだ2回目です。今回は夏の時期なので、「ちょっとお化け屋敷みたいで楽しいかな」という思いもあって展示しました。お子さんでもちょっと怖がりつつ、喜んでくれるんじゃないかなと思っています。
「河童(かっぱ)の芋銭(うせん)」のユニークな世界! 90年前、名古屋で展示された作品を新収蔵後初公開
展示室7 木村定三コレクション 小川芋銭
展示室8 小川芋銭と名古屋 1934年「小川芋銭小品展覧会」から
中野 幕末に生まれ、戦前まで活躍した日本画家、小川芋銭(おがわうせん)の特集展示をふたつの展示室で行っています。愛知県美術館は、2024年度に名古屋市のご所蔵者から100点以上の日本画をご寄贈いただきました。その中に芋銭の作品が多数含まれていたため、展示室8では、新収蔵後のお披露目も兼ねた展示を行っています。
また、愛知県美術館に3,309件の作品をご寄贈いただいている、名古屋を代表する美術品収集家だった故・木村定三氏も、芋銭の作品を数多く収集し、日本で有数のコレクションを誇ります。そこで展示室7では、木村定三コレクションの中から、芋銭作品をピックアップしてご紹介しています。

展示室7「木村定三コレクション 小川芋銭」の展示風景
中野 まずは、展示室7から行きましょう。木村定三氏は、芋銭を非常に高く評価していました。木村氏のコレクションの指針は、作品から受ける「厳粛感」と「法悦感」というふたつの言葉で説明されるのですが、「法悦感」で第一に名前を挙げていた作家が芋銭なんです。
芋銭は、茨城の牛久藩士の家に生まれ、東京で働きながら洋画を学びました。その後、新聞に漫画や挿絵を描いて、名前が知られるようになります。さまざまな分野で活躍する作家たちと交流し、横山大観にも評価されて日本美術院同人となり、院展で多様な水墨表現を試みていきました。

(左より)小川芋銭《水虎(かっぱ)と其眷属(そのけんぞく)》大正10(1921)年 愛知県美術館蔵、小川芋銭《若葉に蒸さるる木精(すだま)》大正10(1921)年 愛知県美術館蔵
中野 「河童(かっぱ)の芋銭」と呼ばれたくらい、芋銭は河童をよく描いた画家なんですね。水辺の精霊や妖怪といった、人ではないものも多く題材にして、当時としても独自の画風を確立していきました。この2作品は、クリーヴランド美術館が企画し、大正10(1921)年にアメリカ各地を巡回した、日本美術院同人の作品展への出品作です。知人に宛てた手紙には、この作品の画題について書かれていて、アメリカ展を意識して制作したことがうかがえます。
「水魅山妖(すいみさんよう)の自由な姿を描いてみたいと思っていた折りでしたので、これを絵の題材にしようと考えました。山水において自由の象徴である水魅山妖を、自由の本家のような顔をしているアメリカ人は、どのように受け取るでしょうか。それはともかく、これはそもそも日本の牛久沼で生け捕りしました河童の化物というところをお見せしようと思います」
という内容の手紙を書いています。
《若葉に蒸さるる木精》で野山の精霊を、《水虎と其眷属》で水辺の精霊を描きました。それぞれ画材も描き方もちょっと変えています。

小川芋銭《暁山雲(あかつきさんうん)》大正12(1923)年 愛知県美術館蔵
中野 《暁山雲》には、木村定三氏との面白いエピソードがあります。木村氏は、絵の中に別のイメージを見つけ出すことが得意だったそうです。かつて学芸員らが木村氏のご自宅に出品のお願いに伺うと、木村氏は、「この画には、ある図が隠れている。それは何か」と問いかけたそうです。どこかに、何か見えますか?
木村氏からの出題に、みなさんもぜひ展示室でチャレンジしてみてください。

展示室8「小川芋銭と名古屋 1934年『小川芋銭小品展覧会』から」の展示風景
中野 続いて、展示室8をご案内します。1934(昭和9)年に名古屋で開催された「小川芋銭小品展覧会」の出品作を特集展示しています。会場は、鶴舞公園の鶴々亭という茶室でした。当時の画集に作品画像が掲載されていて、出品作だということがわかりました。小品展覧会の出品数は約50点。そのうち20点を、今回ご覧いただけます。90年以上前に名古屋の展覧会に出されていた作品を、今こうして見られるのは感慨深いですよね。「小品」という名前の通り、小ぶりな作品が集められていて、絵も、書もあります。芋銭の晩年の作品で、どこか力の抜けた感じがあって、例えば同じ河童でも、展示室7の木村定三コレクションの河童とは結構違うと思いませんか?ぜひ見比べてみてください。

小川芋銭《鳥雲変化》制作年不明 愛知県美術館蔵
【入場無料】「スウェーデン絵画」展の関連企画で、アートライブラリーの美術雑誌を展示
プラスキューブ 企画展関連展示 一方その頃日本では…

同時開催の企画展「スウェーデン絵画 北欧の光、日常のかがやき」に関連して、スウェーデン美術が日本でどのように紹介されていたのかについて、スウェーデン絵画の黄金時代と同時期にあたる明治末から大正初期を中心に特集しています。アートライブラリー(一時休館中)が所蔵している美術雑誌『みづゑ』『美術新報』『白樺』では、「スウェーデン絵画」展で作品を展示しているグスタヴ・フィエースタード、アンデシュ・ソーンが早くも紹介されていました。現在とは異なる、当時のカナ表記にも注目です。
2026年7月9日(木)〜10月4日(日)
2026年度第2期コレクション展
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
時間/10:00~17:00※金曜~20:00(入場は閉館の30分前まで)
ただし、8月11日(火・祝)、8月19日(水)は17:00-19:00(入館は18:30まで)の間、「愛知県美術館のコレクションで、おしゃべりナイトミュージアム!」を開催します。
休館日/月曜日(ただし7月20日[月・祝]、8月10日[月]、9月21日[月・祝]は開館)、7月21日(火)、9月24日(木)
料金/ 一般500(400)円、大学生300(240)円、高校生以下無料
※( )内は前売券および20名以上の団体料金です。
※「スウェーデン絵画」展チケットで、同時開催のコレクション展もご覧になれます。
編集・撮影/村瀬実希(MAISONETTE Inc.)
※ 掲載内容は2026年8月11日(火・祝)現在のものです。










