2026/09/29

学芸員のお仕事を現場で学ぶ 
愛知県美術館「博物館実習」に密着!

(写真上)エーリッヒ・ヘッケル《「第1回現代ドイツ美術展」ポスター》1920年 愛知県美術館蔵

 

学芸員になりたい。その夢を叶えるために、学芸員資格取得を目指す学生たちにとって、必要な科目の一つとなるのが「博物館実習」です。全国各地の美術館や博物館で実施され、愛知県美術館でも実習生の受け入れを行っています。学芸員養成課程を履修中、もしくは履修済みの大学生・大学院生を対象に、2026年度は8月3日(月)から7日(金)までの5日間にわたって実施。美術館の概要や作品の収集・保存について学ぶ講義をはじめ、作品の調査、状態調書作成、取り扱い、展示など、学芸員の仕事を現場で学ぶさまざまなプログラムが組まれました。
今回は、その中から展示実習、「美術館の今日的課題」をテーマにした講義、グループディスカッション、そして5日間の集大成となる課題発表に密着します。学生たちは、実際の美術館で何を見て、体験し、考えたのでしょうか。2026年度の博物館実習の様子をのぞいてみましょう。
これから学芸員を目指す学生はもちろん、「学芸員って、どんな仕事?」と気になっている方にも、その仕事を知るきっかけとなるはずです。


桒名(くわな)主任学芸員による講義「保存・修復」。作品を未来へつないでいく、美術館の大切な取り組みについて理解を深めました。


講義「作品の状態点検について」では、愛知県美術館のコレクションを用いて、桒名主任学芸員から作品の状態をどのように確認し、記録するのか、そのポイントを学びました。

展示実習|作品を大切に扱い、展示するまで

実習4日目の午前は、実際の展示室を使って、展示実習が行われました。展示するうえで、何よりも大切なのが、安全に作品を扱うことです。実習生たちは前日までに、作品の状態を細かく観察して記録する調書作成や、箱から作品を出して安全に持ち運ぶための取り扱い方法の基礎を学んでいます。展示実習を始める前にも、あらためて作品の状態をきちんと観察し、自分が取り扱う際には何に気をつけなければならないのかを確認しました。

実際に展示室(愛知芸術文化センター8階のギャラリー)で展示してみます。

作品を持つ、運ぶ、置く。展示するための一つひとつの動作に、作品を守るための配慮がある

実習生はふたつのグループに分かれ、一方は20世紀前半に活躍したドイツの作家たちによる銅版と木版の作品群、もう一方は大正期に刊行された版画同人誌『月映(つくはえ)』の木版画作品群を担当します。



作品を床へ直接置くことはありません。壁際にはクッションを敷き、その上に箱や作品を置きます。大きな作品は無理に一人で運ばず、二人で。


額装された紙作品も、中の作品に負担がかからないよう状態を確認しながら慎重に扱います。

どう並べる? 作品と向き合いながら考える

作品を安全に運んだら、次に考えるのが、「どの作品を、どの場所で、どんな順番で見せるのか」です。年代順にする。作家ごとにまとめる。『月映』なら刊行順に並べる。さらに人物や風景、建築といったモチーフ、版画の技法や色に注目する方法もあります。同じ作品でも、何に注目して関係づけるかによって、さまざまな展示が生まれます。人物が描かれているなら、その人物がどちらを向いているのか。大きな作品を中央に据えるのか、それとも展覧会を象徴する作品を最初に見せるのか。作品同士の間隔を広げれば、一点を際立たせることもできます。展示することは、ただ作品を並べることではなく、鑑賞者が作品とどのように出会うのかを考えることでもあります。

 

実習生たちは作品を壁際に仮置きし、実物を見比べながら話し合いました。

 

もちろん実際の展覧会では、作品を展示室へ運び込んでから「どこに置こう?」と考えるわけではありません。学芸員は作品のサイズなどをもとに事前にレイアウトをつくり、展示室でも計画通りに展示できるかを確認します。さらに、作品について文献や過去の展覧会図録などを読み、制作された時代や社会状況、作家の背景などを調査したうえで、「この作品とこの作品を隣り合わせることで何が見えてくるのか」を考えていきます。作品について知れば知るほど、新たなつながりが見えてくる。その中から何を選び、どう伝えるのかによって、同じ作品群でも展示の見え方は変わります。

 

数センチの違いまで考えて、いよいよ壁へ

レイアウトが決まったら、作品を壁に掛けていきます。作品を美しく見せることと、安全な状態を保つこと。その両方を成立させながら、慎重に作業を進めていきます。今回は画面の中心点を、高さ145cmに揃えることにしました。

高さ145cmに水平のレーザー光を照射し、一点ずつ位置を調整してマスキングテープで目印をつけていきます。


額縁は前に傾いているものですが、見映えと紙のたるみ防止のため、額の下辺と壁の間にウレタンを挟んで垂直にします。「最後の一手間で、物品から作品になります」という深山主任専門員の経験に裏打ちされた言葉が印象的でした。

展示実習を終えて



実習を担当した塩津主任学芸員は、「作品についていろいろ調べながら展示を考えると、可能性や選択肢は無数に出てきます。今回の実習で、それを考える楽しさの取っ掛かりを感じてもらえたのではないでしょうか」と振り返りました。実際に作品を扱い、展示まで体験した実習生たちは、ドイツ版画群では「バランスを考えると、こう並べるのがいいけれど、年代を考えると違う並べ方がいい、ということもあって。版画といっても種類がいろいろあるので、どれを一番目立たせるのか、みんなで話し合いながら決めました」といった感想。『月映』担当グループは「額の大きさが同じだったので、レイアウトに悩みました。『月映』の刊行順にシリーズの順番で並べるのか、作者別にするのかを話し合いました。最終的には刊行順をベースにしながら、その中でも色がついていて目立つ作品を含む3点を中央に置きました」と話してくれました。実際に作品を手に取り、仲間と話し合いながら展示したからこそ、作品を守りながら、その魅力をどう鑑賞者へ届けるのかという学芸員の仕事を実感できる時間となりました。


講義|美術館の「いま」と「これから」を考える


展示実習を終えた午後は、副田企画普及課長による講義「美術館の今日的課題」へ。ここまでの講義では、美術館の概要からはじまり、愛知県美術館のコレクションと収集、展覧会の企画と運営、作品の調査、保存・修復、教育普及など、美術館のさまざまな役割について学んできた実習生たち。この講義ではそこからさらに視野を広げ、「これからの美術館はどうあるべきなのか」を考えます。

 

 

国内のミュージアムは、予算縮小など厳しい運営状況が続く冬の時代にあるとも言われ、美術館を取り巻く環境も大きく変化しています。講義では、「まず美術館というインフラはどうすれば持続できるか」という問いが投げかけられました。デジタル化が進み、美術館へ足を運ばなくても作品に触れられる方法が広がる一方、作品を未来へ残すための保存・管理や、増え続けるコレクションを収める収蔵庫の問題もあります。また、より多様な人が利用できる美術館をどうつくるのか、限られた予算や人員の中で公共的な役割をどう果たしていくのかなど、どれも、簡単に答えを出せるものではありません。「長く付き合っていかないといけない課題を共有し、少しでもベターな方向に向かうように考えてもらえれば」と、副田企画普及課長。
講義をヒントにして、今度は実習生自身が考える時間へと移ります。

 

グループディスカッション(ワールドカフェ形式)|みんなで話すと、考えが広がっていく

 

ここで大切なのは、一つの答えを出すことではありません。「今回の博物館実習で知った課題の中で、気になったことは?」「美術館でこんな取り組みがあったらいいのでは?」。一人ひとりが考えたことを自由に話し、ほかの人の意見を聞きながら、自分の考えを広げていきます。実習生たちは3〜4人ずつのテーブルに分かれ、それぞれのアイデアを付箋に書き出します。10分ほど経つと、一人をテーブルに残して、ほかのメンバーは別のテーブルへ移動。新しいメンバーと、また対話を始めます。塩津主任学芸員がその様子をたとえたのは、花から花へと飛ぶミツバチ。一つのテーブルで生まれたアイデアを別のテーブルへ運び、そこでほかの人の考えと混ざり合う。席を移動するたびに、さまざまな意見が行き交っていきます。そしてもう一つのルールが、最初から「そんなことはできない」と否定しないこと。まずは「それ、面白そうですね」と受け止めてみる。ここで生まれたアイデアの種を、実習生たちは翌日の課題発表へとつなげていきました。

 

 

課題発表|クリムトの名作から、新しい美術館を考える

そして迎えた最終日。実習生たちは4つのグループに分かれ、10分ずつの課題発表に臨みます。午前中に発表の準備を整え、午後からはいよいよ本番です!

 

今回の課題
愛知県美術館をめぐる多様な課題や今日的な状況を踏まえながら、「愛知県美術館の所蔵するクリムト《人生は戦いなり(黄金の騎士)》を活用した新規事業のアイデア」を提案してください。

 

しかも、「実現可能性は重視しない」「伝統的なミュージアムのセオリーから逸脱したものでも構わない」という条件付き。実習生ならではの柔軟な発想が期待されました。

 

最初のグループが考えたのは、作品を載せたトラックによる「駆けつけ美術館」。愛称は「クリムトトラック」です。美術館に来てもらうのではなく、作品の方から人のもとへ出かけます。SNSで拡散したくなるようなトラックが街中を走るほか、学校や医療・福祉施設などにも出向き、遠方に暮らす人や外出が難しい人などにも、本物の作品に出会う機会を届けようという発想です。自動車産業が盛んな愛知県ならではの地元企業とコラボした車両開発も構想しました。

 



2つ目のグループは、愛知県美術館をデジタルゲームにするアイデアです。展示室だけでなく、普段は見ることのできないバックヤードや収蔵庫まで再現。プレイヤーは学芸員のアバターとなり、クリムト《人生は戦いなり(黄金の騎士)》を展示するなどのミッションを楽しみながら、学芸員の仕事を疑似体験します。教育面での地域社会への貢献として、ゲームを入口に美術館への関心を高め、実際に足を運んで「本物」の作品を見てもらうことが最終的な目標です。



3つ目のグループは、「ぴかぴか?どすどす?―アートを通した感覚―」と題したユニークな事業を発表しました。このタイトルは、クリムト《人生は戦いなり(黄金の騎士)》に描かれている鎧や馬の様子をオノマトペで表現したもの。視覚だけでなく、作品から着想した香りや音を通して、作品を鑑賞することができる体験です。まず香りを嗅いだり、音を聞いたりして「どんな作品だろう?」と想像し、そのあとで実物を鑑賞します。将来的には、体験キットを学校や福祉施設へ届けることも考えました。




そして4つ目のグループは、「サブスクリプションを活用した循環型の展示運営」を提案。まず、国内外の美術館における先行事例を紹介したうえで、美術館と鑑賞者が継続的につながる仕組みを考えました。学芸員によるコレクション解説動画、コレクション展のフリーパス、限定グッズ、ナイトミュージアムなどを組み合わせ、何度も美術館を訪れたくなるようなアイデアが盛りだくさん。愛知県美術館は現在、新たなメンバーシップ制度の創設を検討していることもあり、発表を聞いていた学芸員たちも興味津々の様子でした。

移動美術館、ゲーム、五感による鑑賞、サブスクリプション。まったく異なる4つのアイデアですが、今回の講義や実習で触れたアクセシビリティ、教育普及、地域との連携、美術館運営などの課題を出発点に、愛知県美術館での鑑賞体験をそれぞれの発想でアップデートする提案となりました。

全体講評

最後に、長屋副館長兼学芸部長から、4グループの発表を受けて講評がありました。

 

みなさんの発表はどれも個性があって、それぞれに良さがありました。私たちは普段、何か新しいことを考えるときにも、最初から「できない」ことを前提にしてしまうところがあります。美術館は作品を扱う場所なので、絶対に事故が起こってはいけないし、失敗してはいけない。どうしても慎重になってしまうんですね。だから、「駆けつけ美術館」のように、これまでの前提を全部ひっくり返して考えてみることは、すごく大事だと思いました。ほかの提案には、実際にできそうなことがたくさん入っていて、この短い期間にいろいろなことを吸収して、ここまで考えられたんだなと感じました。
私は前職で、コレクションを持たない美術館にいて、20年ほどイベントを中心に仕事をしていました。振り返ってみると、無茶ぶりをされることの連続でした。館長から大きな企画や抽象的なお題を与えられたり、現代美術の作家から「それは無理ですよ」と思うようなことを「やりたい」と言われたり。でも、ゼロ回答にはできません。学芸員として、少しでも実現する方法を考えなければいけないんです。そういう経験を振り返ると、何かお題を与えられて、その課題をどう解決していくのかを考える中で、クリエイティビティが発揮される。私はそんなふうに思っています。
今回の課題を初めて見たときは、「これは実習生のみなさんにはなかなか難しいだろうな」と思いましたが、みなさんがそれぞれの方法で応えていて、何かどこかでスイッチが入ったのかなと感じました。5日間、本当にお疲れさまでした。この実習が、みなさんにとって良い経験になってくれたらと思います。

 

愛知県美術館のさまざまな学芸員の仕事に触れながら、手を動かし、人と話し、自分の頭で考える。2026年度の博物館実習の5日間は、学芸員という仕事を多角的に学び、体験する時間でした。この経験が、これからそれぞれの道へ進んでいくみなさんの力になりますように。「AACタイム」も、これからの活動を応援しています。


撮影・取材・文/村瀬実希(MAISONETTE Inc.)
※ 掲載内容は2026年9月29日(火)現在のものです。

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