2026/06/12
漫画家・河井克夫さん × 歌川国芳展学芸員対談
妖怪、猫、英雄――国芳はなぜこんなに面白い? 愛知県美術館
(写真左下)「鏡面シリーズ 猫と遊ぶ娘」団扇絵判 弘化2年(1845)頃 後期展示
(写真右下)「金魚づくし いかだのり」中判 天保13年(1842)頃 前期展示
愛知県美術館で2026年6月21日(日)まで開催中の「歌川国芳展──奇才絵師の魔力」。江戸時代後期に活躍した浮世絵師・歌川国芳(1797-1861)は、武者絵、戯画、美人画、風景画、役者絵など、多彩な作品を残した奇才として知られています。

今回は、ミュージアムショップで好評発売中の漫画『国芳、走る ~文政きてれつ騒動~』の作者であり、愛知県豊橋市出身の漫画家・河井克夫さんと、本展を担当した井上ひかる学芸員によるオンライン対談が実現。国芳作品の魅力や、現代にも通じる表現の面白さについて語り合いました。
約400件の作品を通して国芳の全貌に迫る本展は、5月26日(火)から後期展示がスタート。展示作品の9割以上を入れ替える、圧巻のボリュームです。前期をご覧になった方も、ぜひ後期にもおでかけください。
ゲスト:漫画・演劇・映像を横断する異才の漫画家・河井克夫さん

河井克夫
Katsuo Kawai
漫画家。イラストレーター。1995年「月刊漫画ガロ」でデビュー以来、様々な媒体で漫画を発表。近著に「ラーゲリ〜収容所からの手紙〜」(原作・辺見じゅん)「うつ病九段」(原作・先崎学)。たまに俳優としても活動し、舞台、映画、CMなどに出演。NHK連続テレビ小説「らんまん」などドラマにも出演。その他、漫画原作、映画脚本、映像演出、漫画講師、など、活動は多岐にわたる。昨年末、歌川国芳を主人公とした時代劇「国芳、走る〜文政きてれつ騒動〜」を上梓。
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- 目次 -
歌川国芳展の前期展示を終えて&漫画『国芳、走る ~文政きてれつ騒動~』の話
展示風景(前期)
井上 歌川国芳展は、多くの方々にご来場いただいていて、若い世代の方も見に来られています。「浮世絵って、ちょっと難しい」というイメージもあると思うんですけど、数年前に比べると、親しみやすくなってきている気がします。それは大河ドラマ『べらぼう』の影響もありますよね。今回は、ミュージアムショップで河井さんの漫画『国芳、走る ~文政きてれつ騒動~』も販売していますが、子どもたちにとっては、漫画が入りやすい導入のひとつになっているので、美術館としてもありがたいです。『べらぼう』の主人公・蔦屋重三郎の初代が亡くなった年に国芳が生まれているのですが、漫画には二人とも登場していましたね。
河井 三代目蔦屋重三郎がいたと何かで読んだので、「じゃあ、いいか」と思って、版元と絵師の関係として入れました。漫画はあらかた嘘(笑)で、ところどころに事実を入れている感じです。
井上 国芳のポイントは押さえつつ、てんやわんやな世界観がすごく面白かったです。
河井 嬉しいですね。学芸員さんにそう言っていただけると心強いです。国芳展の図録は、ボリュームがすごくてびっくりしました。
井上 今回は全部で402件の作品があり、一度に展示しきれない量なので、前期・後期で9割ほど入れ替えています。
河井 国芳関連の本は僕も結構チェックしているんですけど、それでも「こんな作品もあったんだ!」っていう、全然見たことのない絵がいっぱいありました。

「歌川国芳展―奇才絵師の魔力」展覧会公式図録(3,200円)
国芳の作風は漫画に近い!?
「浮世絵全般がとくに好きなわけではなくて、国芳は好きなんですよね」(河井)

「其まゝ地口 猫飼好五十三疋」大判三枚続 嘉永元年(1848)頃 通期展示
井上 河井さんが、歌川国芳に興味を持たれるようになったきっかけは何だったのでしょうか?
河井 国芳って、他の絵師と全然違うところがあるんですよね。明治になる直前に亡くなっているんですけど、文化史などでは幕末の人として紹介されていて、どこか明治を先取りしているような感じがあるんです。もともと国芳には興味があって、たまに画集を眺めたりしていたんですが、NHKの朝ドラ『らんまん』で、明治期の石版印刷の画工役として出演することになって。その画工というのが、歌川国芳の弟子筋にあたる、元彫師という設定だったんです。劇中で国芳っぽい猫の絵を筆で描いてみせるシーンがあって、「其まゝ地口 猫飼好五十三疋」の猫を猛練習したんですよ。そのことで国芳がさらに身近になって、「やっぱりこの人、面白いな」って改めて思いました。国芳の絵って、漫画に近いと思うんです。
井上 ああ、わかります。
河井 今回、図録を見ながら改めて感じたんですが、人物をソロで描いた作品って意外と少ないですよね。たとえば寛政期の写楽など、他の絵師だと、人物をドーンと描くことも多いじゃないですか。でも国芳って、常に“関係”を描いている感じがあるんです。武者絵でも、相手役の人物と一緒に描いたり、化け物や敵と対峙していたり。
井上 画面の中で、何かが起き続けている感じがありますよね。
河井 そうなんです。人物をソロで描く場合でも、画面の外へ視線が続いていたりする。だからキャラクターが止まって見えないんですよ。あと、構図よりもアイデアを優先する感じで、余計なものを描いて情報量が多いですよね(笑)。僕の印象では、葛飾北斎がゴールを決めて計算した構図で描いているとすると、国芳はゴールに着いてから、「これも描いておこう」って何かを足している気がするんです。
井上 「東都名所 佃嶋」の橋の下にスイカが浮いていたり、「忠臣蔵十一段目夜討之図」の隅で犬に餌をやってる人が描き込まれていたり。うっかり映り込んじゃったみたいな感じがいいですよね。

「忠臣蔵十一段目夜討之図」横大判 天保2~3年(1831〜32)頃 通期展示
水木しげる、ジブリにもつながる? 国芳の代表作から広がるポップな妖怪表現

「相馬の古内裏」大判三枚続 弘化2~3年(1845~6)頃 通期展示

井上 今回の展覧会のメイン作品でもある「相馬の古内裏」は、国芳を代表する作品のひとつです。物語を描いた作品で、骸骨(がいこつ)が飛び出してくるような動きが表現されていると思うのですが、河井さんはどのようにご覧になっていますか?
河井 この骸骨、僕も漫画の表紙の題材のひとつにしたんですよ。ただ、三枚続きの大きな絵なので、センターと右側が微妙にずれていて、「この間ってどうなってるんだろう?」ってわからなかったのが制作時の思い出です(笑)。僕の印象としては、国芳にしてはシンプルな作品だと思うんです。将門の遺児・滝夜刃姫(たきやしゃひめ)と良門、そして源頼信の家臣・大宅太郎光国(おおやのたろうみつくに)という主要なキャラクターだけが描かれていて、「この作品は、骸骨を描きたかったんだろうな」という潔さを感じます。肋骨がちょっと多い気もしますけど、骨格もかなり描き込まれていますよね。
井上 国芳は、蘭学の医学書を見ていたのではないかとも言われています。それを、ただ単なる物体としての骸骨ではなく、国芳なりに実際に動いているかのように描いています。
河井 そうなんですよ。今にも動き出しそうな感じがあります。
井上 この作品の骸骨のイメージは後世にも大きな影響を与えていて、水木しげるの漫画に登場する妖怪がしゃどくろや、スタジオジブリのアニメ『平成狸合戦ぽんぽこ』などにもつながっていきます。
河井 もともと骸骨や妖怪って、怖いもの、不吉なものとして描かれてきたんですが、国芳はそれをどこかポップな存在に変えています。葛飾北斎も描いているかもしれませんが、この時代の人たちが、そういう表現のパイオニアですよね。
井上 かなり親しみやすいイメージになっていますよね。
水滸伝(すいこでん)ブームで刺青(いれずみ)も流行! 国芳が生んだ“江戸の推し文化”

「水滸伝」シリーズ 展示風景(後期)
井上 国芳の出世作となった「水滸伝」シリーズは、江戸の人たちにものすごく売れたので、作品もたくさん残っています。そもそも武者絵といえば、源義経と弁慶だったり、坂田金時のような伝説上の英雄が中心だったんです。でも江戸後期、国芳は、当時巷でブームになっていた中国の長編小説『水滸伝』や、ベストセラー小説『南総里見八犬伝』の登場人物を武者絵として描きました。それが新しかったんですよね。国芳の画想は自由で多様性に富んで、ビジュアルとしてのインパクトも抜群でした。登場人物をひとりひとり描いて、そのキャラクターにまつわるストーリーを短く添えることで、小説の世界を視覚的に楽しめるようになり、人々が親しみやすくなったきっかけでもあると思います。
河井 あと、武者絵のヒーローたちの刺青も特徴ですよね。このシリーズがきっかけで刺青ブームが起きたっていう。
井上 そうなんです。もともとは墨の単色中心だった刺青文化が、「水滸伝」シリーズの影響で色鮮やかになったとも言われています。
河井 社会現象になっているのがすごいですよね。浮世絵は、今につながる“推し文化”の先駆けとも言える気がします。写真がない時代だから、ブロマイド的な役割も果たしていたわけですもんね。
井上 当時は役者の似顔を描いた団扇(うちわ)なんかもあって、ひいきの役者のものを買って芝居を見に行ったりしていたのかな、なんて想像します。映画や映像もない時代ですから、舞台を描いた芝居絵は、その日限りの劇のシーンを残しておくための媒体としても機能していたと思います。
河井 二次創作の走りでもありますね。
井上 既存の物語を、自分なりにどんどん膨らませていく。よく知られている弁慶と義経の出会いの場面でも、「天狗が助けに来た」みたいな設定にしちゃってる絵があったり(笑)。
河井 国芳ひとりでコミケみたいですね(笑)。
愛知にも伝わる「猫又騒動」
国芳が描く岡崎の巨大化け猫の世界に、猫愛のまなざし

「日本駄右ェ門猫之古事」大判三枚続 弘化4年(1847) 後期展示
井上 愛知ゆかりの話題では、岡崎の「猫又騒動」があります。猫又とは、各地の伝承や民話に登場する猫の妖怪のことで、「日本駄右ェ門猫之古事」には、御簾を破って現れた巨大な化け猫が大迫力で描かれています。手前で手ぬぐいを巻いてユーモラスに踊る猫たちも印象的で、役者よりも、化け猫たちの存在感が際立っています。
河井 提灯にも猫の影が映っていたり、踊る猫が描かれていたり、過剰ですよね(笑)。
井上 当時の舞台演出を全部盛り込みましたという感じで、すごく面白いですよね。実際に舞台上でも、猫の人形を踊らせたらしいですよ。猫好きの国芳が描いているので、猫たちがすごく可愛く踊っているのもポイントです。
河井 本当に国芳の描く猫は可愛くて、怖くはないですよね。猫又については、僕も調べたんですよ。「日本三大猫騒動」といえば、鍋島、有馬、そして愛知の岡崎。四代目鶴屋南北晩年の代表作「独道中五十三駅」の芝居で岡崎が取り上げられたことで注目を浴びて、国芳もこの種の演目を題材に描いています。
井上 河井さんの漫画の最終章「文政ねこまた騒動」でも描かれていましたが、三代目尾上菊五郎が演じる猫又のインパクトがあって、すごく好きなシーンです。
奇想天外なユーモアたっぷりの戯画
「体だけで、表情豊かに描けるんだなって思います」(井上)

「金魚づくし いかだのり」中判 天保13年(1842)頃 前期展示
河井 あと、戯画はやっぱり面白いですね。「金魚づくし いかだのり」は、まず「金魚は水の中だろ」ってツッコミたくなるのと(笑)、人間のふりをしている感じというか、ポージングがすごくうまいですよね。
井上 おっしゃるように、顔よりも体で表現するのが、国芳は本当にうまいですよね。「里すゞめねぐらの仮宿」も、みんな同じスズメで、顔はほとんど一緒なんですけど、ポーズでキャラクターがわかるんですよ。遊郭に行き慣れている太っ腹な旦那風のスズメがいたり、格子の近くに群がって覗き込んでいるスズメは、小者感が出ていたり。身体だけで、こんなに表情豊かに描けるんだなって思います。
河井 今回の展示や図録には入っていませんでしたが、ほおずきが擬人化されて遊んでいる「ほふづきづくし」のシリーズも好きです。顔がなくても、「今こういうことをしているシーンだな」ってちゃんとわかるんですよね。

「里すゞめねぐらの仮宿」大判三枚続 弘化3年(1846) 前期展示
初めて国芳作品を見る人は、ここに注目!

「鏡面シリーズ 猫と遊ぶ娘」団扇絵判 弘化2年(1845)頃 後期展示
河井 やっぱり猫ですね。これだけボリュームのある展覧会なので、いろいろな猫が見られて、「国芳って、こんなに猫好きだったのか!」ということがよくわかります。同じモチーフを繰り返し描いている画家って、その人となりが出ていて面白いんですよ。浮世絵と聞くと、「自分とは関係ない」って思ってしまう人もいるかもしれませんので、まずは「国芳といえば、猫の絵が面白いから見てよ」ってオススメしたいですね。ちなみに、僕も猫派です。
井上 国芳作品のほぼすべてのジャンルで、猫が登場します。私はやっぱりアクションに注目してほしいです。本当に動きの描き方が面白い作家なので、作品の中に描き込まれている人物や動物がどう動いているのかを見ていくと、現代の漫画やアニメにつながる感覚も楽しめると思います。
猫、妖怪、武者、役者、金魚、スズメ――。
国芳の描く世界は、今見てもどこか自由で、生き生きとしていて、ユーモラスです。
まずは気になる一枚から。国芳の世界を、会場で体感してみてはいかがでしょうか。
展示室の最後にはフォトスポットで、記念撮影をお楽しみください!

2026年4月24日(金)〜6月21日(日)
歌川国芳展──奇才絵師の魔力
※会期中展示替えをします。
前期:4月24日(金)〜5月24日(日)
後期:5月26日(火)〜6月21日(日)
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
時間/10:00~17:00※金曜~20:00(入場は閉館の30分前まで)
休館日/毎週月曜日(ただし5月4日[月・祝]は開館)、5月7日(木)
料金/ 一般1,800(1,600)円、大学生1,000(800)円、高校生800(600)円、中学生以下無料
※( )内は前売券および20名以上の団体料金です。
※本展会期中に限りコレクション展もご覧になれます。
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鑑賞のあとは、 愛知県美術館 ミュージアムショップにもお立ち寄りください。「AACタイム」では「粋でユニークな江戸&和ものが集結!『歌川国芳展』名古屋のお土産 愛知県美術館 ミュージアムショップ」の記事も公開中です。合わせてチェックしてみてください。
Special thanks!! 河井さんの漫画はこちら

『国芳、走る ~文政きてれつ騒動~』(河井克夫/著 リイド社、2025年)
価格/880円
INFORMATION
幽霊、美人画、彫物、あぶな画、怪獣、猫又……史実に基づいた文化史とユーモアが交錯する連作短編集。国芳をはじめ、北斎、広重、菊五郎、蔦屋重三郎──江戸カルチャーのスターも続々登場!
近年では朝ドラ俳優としても活躍──漫画・演劇・映像を横断する異才の漫画家・河井克夫の新境地!
【作品内容】
「文政ゆうれい騒動」幽霊画を依頼された国芳。取材のために訪れた空き家で、思いもよらぬ出来事に遭遇する。
「文政びじん騒動」看板娘をモデルに、国芳と広重が美人画対決。勝負の行方は…!?
「文政ほりもの騒動」人気絵師となった国芳。そんな彼のもとに、ある日貧相な若者が訪れて……
「文政あぶなえ騒動」江戸で大火事が発生! 寺に籠って仕事をしていた国芳の前に突如現れたのは……
「文政かいじゅう騒動」江戸に怪獣出現!? 葛飾北斎、応為(お栄)、亜欧堂田善、菊五郎らも加わり、大パニック!
「文政ねこまた騒動」拾った猫に悩まされる国芳。泣く泣く菊五郎に猫を譲るが、その日から菊五郎に異変が……!?
編集/村瀬実希(MAISONETTE Inc.)
※ 掲載内容は2026年6月12日(金)現在のものです。









