2025/12/09

新しい才能と出会う、愛知発の舞台芸術レポート!公募プログラム「AICHI NEXT:Performing Arts Project」

愛知県芸術劇場では今年度より、公募によって新しい才能や人材を発掘し、愛知芸術文化センターの多様な空間(愛知県芸術劇場小ホール、大リハーサル室、センター内オープンスペース)での公演を通じて、発信・育成を図る新たなプログラム「AICHI NEXT:Performing Arts Project」をスタートしました。
初年度となる今回は、50組を超える応募の中から6組のアーティストを選出。国内外で作品を発表する気鋭のアーティストの名古屋初上演から、地域に根ざした若手による挑戦的な試みまで、多彩な作品が一堂に集まりました。

2025年8月15日(金)・16日(土)、9月6日(土)・7日(日)の全4日間にわたり、〈Advance Stage〉〈Challenge Stage+〉〈Challenge Stage〉〈Special stage〉の4つのステージで開催。AICHI NEXTの模様をレポートします!


 

〈Advance Stage〉世界水準の表現に出会う

国内外で活躍するアーティストが名古屋に集結。異なるバックグラウンドや文化圏のもとで創作された作品は、身体・音・映像などの多様なメディアを通して、舞台芸術の化学反応を生み、新たな可能性を提示しました。

 

敷地 理『ユアファントムアイ、アワクリスタライズペイン / ur phantom eyes, our crystallized pains』

© HATORI Naoshi

 

ベルギー・ブリュッセルを拠点に活動し、「世界を変えるUnder 30」(『Forbes JAPAN』2023)にも選ばれたアーティストの敷地理による最新作を、日本で体験できる貴重な機会。本作は、彫刻や映像を学んだ敷地が、ブリュッセルにある世界トップレベルの舞台芸術高等教育機関P.A.R.T.S.在学中に、ジェラルディーヌ・アース(フランス)、チン・シュ・ホアン(台湾)とともに制作した作品で、この3名の新世代アーティストが出演のため来日しました。
ダンスの型や形式を超え、音・映像・美術・身体が交じり合うマルチメディアのパフォーマンス作品。舞台上には氷の塊が吊り下げられ、時間の経過とともに少しずつ溶けていく。ぽたぽたと水の音が響き、やがて落下——その変化を見守るように進む、緊張感のある空間。観客は、失われた視点から生まれる新しい視界を広げ、自分のイメージや感覚に向き合います。「観る」というより「感じる」体験。現代美術とパフォーミングアーツを横断する、新しい身体表現との出会いがありました。

© HATORI Naoshi

 

敷地理さんインタビュー

Interview

 

AICHI NEXT:Performing Arts Projectに応募された理由を教えてください。

敷地 劇場で作品をつくりたいと思ったときに、そもそも劇場で発表した経験がないと、劇場の作品をつくれるようにはならないじゃないですか。日本には劇場がたくさんあるのに、実際に使える機会は少ない。だからこそ、このプログラムのような取り組みは、すごく大事なことだと思います。機会があれば制作に臨む。やってみる中で初めて見えるものがたくさんあると思うんです。
P.A.R.T.S.で一緒に制作しているメンバーも「日本にずっと行きたい」と話していて、「だったら今やろう」と。劇場側からも大きなサポートをいただき、今回かたちにすることができました。

 


実際に参加されていかがでしたか。印象に残ったことや感じたことをお聞かせください。

敷地 愛知県芸術劇場で発表するのは初めてだったので、地元のオーディエンスに観てもらえたのはとても良かったです。ブリュッセルでは多人種・多文化の環境で、観客のうちアジア人は2〜3%ほどしかいません。その人のバックグラウンドによって同じ作品でも見え方がまったく違うんです。
以前、名古屋では「ナゴコン」(コンテンポラリー・ダンスを盛り上げる地域団体)でパフォーマンスし、豊橋では、穂の国とよはし芸術劇場PLATでのレジデンス経験もありました。愛知県芸術劇場では若いインターンの方々も関わってくれて、希望を感じましたね。年々関心を持つインターンが増えていると聞くと、まだ舞台芸術はいけるかもしれないと思えます。
今回は海外からコラボレーターを呼ぶのも初めてでしたが、貴重な経験になりました。テクニカルやコーディネート、プロダクションを含めて、日本のスタッフの仕事が本当に丁寧で、すごいなと感じました。これほどやりやすい環境はなかなかありません。

 

ハイドロブラスト『最後の芸者たち リクリエーション版』

© HATORI Naoshi

映画監督・俳優の太田信吾と、プロデューサー・俳優の竹中香子による、映画と演劇作品を手がける団体「ハイドロブラスト」の作品が、パリ・フェスティバル・ドートンヌでの初演を経て、「しゃちほこ踊り」発祥の地・名古屋で上演! 本作は、城崎の芸者文化に着目し、「身体を“記録メディア”として活用する」という独自の視点から創作されたものです。「最後の芸者」と呼ばれる人物のもとで実際に芸を学び、そのリサーチ過程そのものをギタリスト内橋和久の音楽とともに表現した、ドキュメンタリーの手法を用いたパフォーマンス。映画と舞台のあいだを行き来するような作品を通して、“おもてなし日本”における芸者文化の実態と、未来を問い直しました。
カーテンコールでは、城崎で最後の芸者としてその時代を生き、本作でも芸者文化を伝えた秀美さんも舞台の上へ。観客はその存在感にも触れ、芸の伝承とは何かという問題を探求しました。9月6日(土)公演終了後には、西川千雅さん(日本舞踊西川流 四世家元)を迎えたアーティストトークを開催。名古屋を中心とした芸者文化について興味深いお話をしていただき、観客は作品へのさらなる思考を巡らせました。

 

© HATORI Naoshi

 

ハイドロブラストの太田信吾さん、竹中香子さんインタビュー

Interview

 

AICHI NEXT:Performing Arts Projectに応募された理由を教えてください。

パリで初演した本作品を、日本でもぜひ上演したいと考えたからです。特に愛知県名古屋市は本作で扱っている鯱鉾(しゃちほこ)踊りのルーツの地でもあり、国内初演としては最適な場所だと考えました。また本作は、フランス滞在中にリクリエーションを重ね、主にフランスの観客を想定して構築してきました。そのため、同じ作品であっても、日本で上演した際にどのような受け取られ方をするのか、とりわけ、日本の観客が自国の文化や歴史をどのように見つめ返すのかに強い関心を持っていました。
AICHI NEXTという、多様な価値観や芸術観が交わるプラットフォームにおいて、日本の観客と改めてこの作品を共有し、新たな対話を生み出す機会にしたいと思い、応募しました。

 


実際に参加されていかがでしたか。印象に残ったことや感じたことをお聞かせください。

テクニカル面でのサポートには本当に助けられました。
小屋入り後は、劇場の皆さまのご協力のおかげで、非常に質の高い上演を実現することができました。
一方で、正直なところ、集客にはとても苦戦しました。本カンパニーにとって初めての名古屋公演だったこともあり、今後はより早い段階から劇場と連携し、一般市民に届くような集客のあり方を、業界全体で考えていく必要があると感じました。
今回の上演では、作品の後半であえて「第四の壁 *1」を取り払い、観客にひらくような演出形態を採用し、舞台上だけでなく観客席を含めた空間全体のデザインが求められました。こうした演出プランも含めて劇場の皆さまと丁寧に共有し、最後まで集客にご尽力いただいたことに、心より感謝申し上げます。

*1 舞台と客席の境界にあり、俳優と観客を隔てる架空の見えない壁のこと。

 

〈Challenge Stage+〉アーティストが実験的な新作に挑む特別枠

チャレンジを求める「Challenge Stage」のその先へ。既存の枠にとらわれない発想で作品・体験を創出し、劇場が舞台芸術の新しい地平を感じる実験的な場。

 

辻󠄀 將成『ゼロボックス』

※「辻」は一点しんにょう

© Yuto Uchiyama

 

目の前に現れるのは、巨大な白いボックス。内部ではダンサーが踊っていますが、その姿を直接見ることはできません。壁越しに伝わるわずかな光や音、紙の震えを手がかりに、観客自身が想像の中で「不可視の身体」を立ち上げていきます。タイトルには「ゼロ=不可視・虚無」、「ボックス=構造体/制約空間」という二重の意味が込められ、ゼロに見えても、実際にはゼロではない——。ダンスを「見ること」から解放し、身体を「想像すること」へと開いていく、実験的な作品です。会場に集まった観客は、ボックスの周囲に近づいたり、客席から眺めたりと、それぞれが自由に空間を歩きながら五感を使って何かを感じ取る。その様子も含めて、空間全体を全員で共有するような体験となりました。
現代美術家でありブレイクダンサーでもある辻󠄀將成は、空間と身体をテーマに東海地区を中心に作品を制作しています。「AICHI NEXTだからこそ、普段はやらないことに新たにチャレンジできた」と話し、公演終了後にはボックスの中でのダンス映像を交えたアーティストトークも実施。観客からは作品について、さまざまな感想や質問が寄せられました。

 

© Yuto Uchiyama

 

〈Challenge Stage〉東海圏ゆかりの若手アーティストが挑む、ひらかれた舞台!

愛知芸術文化センター内の2階フォーラム(オープンスペース)、コンサートホールでの上演は、入場無料・予約不要です。オープンスペースは、アーティストの挑戦のステージであると同時に、観客や通りすがりの方も気軽に舞台芸術に触れられる広場のような非日常空間に変身。多くの方々が集い、パフォーマンスのエネルギーに包まれた、余韻の残る一日となりました。

 

永田 佳暖 『モチャカル!!』
📍コンサートホール(4階)

© HATORI Naoshi

 

© HATORI Naoshi

 

ぬくみ『スクール・デイズ』
📍フォーラムⅠ(2階 南玄関側)

 

 

VIVE 『NO IMAGE』
📍フォーラムⅠ(2階 南玄関側)

 

 

〈Special stage〉愛知県芸術劇場ダンスアーティストの三東瑠璃、Nullが登場

愛知芸術文化センターのオープンスペースでは、Challenge Stageの3組に加え、「Constellation(コンステレーション)〜世界をつなげる愛知県芸術劇場ダンスプロジェクト〜に参加する、愛知県芸術劇場 ダンスアーティストの三東瑠璃、Nullが振付した作品も披露。アーティストと観客の距離が近く、それぞれの身体表現にぐっと惹き込まれました。

 

三東瑠璃
📍フォーラムⅡ(2階 西玄関側)

 

 

Null
📍フォーラムⅡ(2階 西玄関側)

 

 

 

唐津絵理芸術監督がナビゲート! 6作品ハシゴ観覧ツアーも大好評◎

 

8月15日(金)には、上演された全6作品を一日で鑑賞するツアーを開催。 AICHI NEXT:Performing Arts Projectを立ち上げた唐津芸術監督による解説付きで、アーティストや作品の見どころを聞きながら、観て・体験して・参加者同士の交流も楽しめる充実の一日をお届けしました。「即興的に見えることが多いコンテンポラリー・ダンスですが、実は緻密に構成されています。本ツアーでは多様な演目を1公演ずつ鑑賞していただきますが、AICHI NEXTでは各アーティストが2公演を行うため、両方を見比べると構成や即興の違いも感じられます」といった、ダンスの楽しみ方の提案もありました。

\観客のみなさまからのご感想/

  • 唐津芸術監督の6作品ハシゴツアーに参加しました。一日で多くの作品をみなさんと一緒に鑑賞し、合間に感想を話し合えたのも楽しかったです。愛知県芸術劇場は普段から訪れる馴染みのある場所ですが、公演案内だけでは見逃していた新しいアーティストの作品に触れられたのもうれしかったですね。今回出会えたアーティストの次回作もチェックしてみようと思える、素敵なきっかけをいただきました。(50代女性)

  • 敷地理さんの作品への興味はもちろん、若手アーティストの育成や公募プログラムにも関心があり、東京から「AICHI NEXT」のためにやってきました。6作品ハシゴツアーはお得感があり、唐津芸術監督の解説を聞きながら、チラシだけではわからないアーティストのバックグラウンドを知って鑑賞できました。オープンスペースでの上演や東海圏ゆかりのアーティストに焦点を当てた地元ならではの取り組みも興味深く、参加して良かったです。(20代女性)
  • ハイドロブラストさんの『最後の芸者たち リクリエーション版』は、ドキュメンタリー映画と哲学的な言葉による言語化された探究があるので、知的な興奮も加味されたワンダフルな娯楽(リクリエーション版)を楽しませていただきました。本公募プログラムは、新しい才能や人材を発掘、育成という目的を達成していると思います。愛知県民としても大変嬉しく誇らしいです。これからも継続してください。若手芸術家と一般鑑賞者のために、年数回開催していただけるなら最高です。(60代男性)
  • 辻󠄀將成さんの大学の同級生です。展示やパフォーマンスを何度か観てきましたが、『ゼロボックス』はダンスの軌跡を残すこれまでの作品とは異なり、一切その姿が見えない。スポットライトの光が差した瞬間にだけ動きを感じるのが新鮮で、観ている我々の方が踊らされているような感覚にもなって。辻󠄀さんが鑑賞者と一緒に一つの作品を創っていく、コミュニケーションや一体感が生まれる作品だなと、クスッとしながら拝見しました。(30代男性)
  • 『ゼロボックス』はその場で踊っているのに見えないし、絵や写真のように後にも残らない。けれど、見えないのに確かに感じられる——そんな制限の中で表現を極めたような作品で、シンプルに「初めて観て面白い」という感想でした。ダンスでありながらインスタレーション的というか、舞台鑑賞のような体感もありつつ、美術鑑賞のようでもあり。観客が自分の視点で歩きながら観られる空間演出も、箱そのものを見に来たような新鮮な感覚になる面白いダンス作品でした。(20代男性)
  • 8月15日(金)のお盆休みに東京からの家族旅行で、愛知県美術館の帰りにたまたま立ち寄りました。こんなに近くで素晴らしいダンサーの方々の公演を観られる機会はなかなかないですよね。娘もバレエを習っているので、今回の体験をきっかけにダンスにさらに興味を持ってくれたらうれしいです。(40代男性&30代女性)

 

 

AICHI NEXT: Performing Arts Project に寄せて
愛知県芸術劇場芸術監督 アーティスティックディレクター 唐津絵理

 

Message
「AICHI NEXT: Performing Arts Project」では、アーティストのみなさんと対話を重ねながら、創作しやすい環境をどのように整えていくかを一緒に探ってきました。作品づくりには、会場、制作費、さらに劇場の専門的な支えも欠かせません。そこで本プロジェクトでは、制作費のサポートに加え、広報、当日運営、舞台技術など、創作から上演までを伴走するかたちの支援を大切にしています。
2026年度は、より若い方にもチャレンジしやすい仕組みとして、小ホールでのショーケース型を取り入れることにしました。初めて劇場に挑むアーティストにも、負担を抑えながら実験できる場にしたいという思いがあります。また、劇場空間に限らず、オープンスペースでの上演も歓迎し、まちの中で作品が生まれる風景をみなさんと共有できればと考えています。公募ならではの予測不能な出会いや、地域との新しいつながりを大切にしながら、愛知から未来の舞台芸術をともに育てていけたら嬉しいです。来年度の公募もお待ちしております。


「AICHI NEXT: Performing Arts Project」が選出したアーティストたちのこれからの活躍と、本プロジェクトの取り組みに引き続きご期待ください!

 

公募プログラム「AICHI NEXT:Performing Arts Project」【募集】

公募プログラム「AICHI NEXT:Performing Arts Project」【募集】
募集期間/2025年12月2日(火) ~2026年1月13日(火) 応募締切

募集要項はこちら

 

撮影・取材・文/村瀬実希(MAISONETTE Inc.)
※ 掲載内容は2025年12月5日(金)現在のものです。

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