2026/01/22
愛知芸術文化センター&アートのお仕事 #05 学芸員 こんな職業あったんだ!? 働く人インタビュー
(写真上)グスタフ・クリムト 《人生は戦いなり(黄金の騎士)》1903年
世の中にはたくさんの職業があり、芸術文化の世界では表舞台に立つアーティストから裏方で支えるスタッフまで、実にさまざまな人たちが関わっています。愛知芸術文化センターで活躍するプロフェッショナルの現場を直撃して、お仕事を紹介する連載シリーズ。日々のやりがいやどんな思いで取り組んでいるのか、普段は聞けない十人十色のリアルな声や視点をインタビューしました。「好きなことを仕事にしたいけど、どうしたらいいかわからない」「芸術や文化に興味はあるけど、どんな仕事があるのだろうか?」 「将来の夢がない。やりたいことがなくて困っている」と、進路選択に悩む学生さんも必見!好きなこととつながる新しい道が見つかるかもしれません。未来のヒントを探してみませんか?
今回の働く人
黒田和士さん
Kazushi Kuroda
愛知県美術館
主任学芸員
埼玉県出身。慶應義塾大学大学院文学研究科 美学美術史学専攻修士課程修了。2011年から東京藝術大学大学美術館で非常勤学芸員として働き、2013年からBunkamura ザ・ミュージアムの学芸員に。2017年より現職。専門は20世紀の近代ドイツ美術。
- 目次 -
美術館の核となるコレクションを収集・管理して研究。展示というかたちで、たくさんの人へ届ける
──今の仕事内容を教えてください。
黒田 現在の仕事は、コレクションを中心としたものです。所蔵品を集め、適切に管理・保管し、展示というかたちで見せていくこと。そして、それらについて深く研究することまで多岐にわたります。
愛知県美術館には、現在15名の学芸員がいます。企画展全体の計画や教育普及活動などを行う企画普及グループと、所蔵品に関わる美術グループの2つに分かれていて、私が現在所属しているのは美術グループ。学芸員によってフランス美術、近世以前の日本美術など、それぞれ専門分野が違い、私は20世紀の近代ドイツ美術が専門です。コレクション展はグループの垣根を越え、いろいろな専門分野の人がテーマごとに展示の内容をつくり上げます。そのスケジュール管理や、今後のラインナップの調整をするのが私の役割です。
他館から作品を借りて展示する企画展は、5年くらい先までおおむね決まっていますが、コレクション展については、1、2年前に決める場合がほとんどです。新たに収蔵した作品、時事性のあるもの、企画展のテーマに即したコレクション展など、柔軟に開催できるようにあまり先まで決めず、短いスパンで考えています。
当館には9,000件以上のコレクションがあり、特に国内外の20世紀美術が充実しています。コレクションは美術館にとって核のようなもの。その研究がコレクション展や企画展につながっていきます。企画展もコレクション展と同様に、所属グループに関係なく、その分野を専門とする学芸員が担当します。

2026年1月3日(土)〜3月23日(月)「2025年度第3期コレクション展」の設営の裏側。同時開催のゴッホ展にあわせ、19〜20世紀のフランス美術を紹介するため、担当学芸員の準備を見守りながら、黒田学芸員が来場者の動線などに助言を加え、会場を構成していきます。

一つひとつの作業を、ゆっくりと慎重に。展示物に負担がかからないよう、細心の注意を払って丁寧に配置。

「2025年度第3期コレクション展」展示風景。
──学芸員を目指したきっかけは?入職の経緯も教えてください。
黒田 学芸員の仕事がどういうものなのかを知ったのは、大学に入ってからでした。私が通っていた大学は文学部に美学美術史のコースがあって、1年次にいろいろな授業を受けるなかで、美術史という学問の面白さに目覚めたんです。その気持ちのまま大学院へ進みました。研究職として大学に残るか、一般企業に就職するか、さまざまな道がありましたが、私は研究だけではなく、幅広い活動ができる学芸員に魅力を感じました。
ただ、大学院を卒業した当時は、学芸員の募集がほとんどない時代。最初は東京藝術大学大学美術館で非常勤学芸員として働き、機会をうかがっていました。縁あって、東京・渋谷の複合文化施設Bunkamuraの美術館に4年ほど勤務して、2017年に愛知県美術館の学芸員に着任しました。

展覧会を企画し、海外へ飛んで交渉。いろいろな人と関わりながらつくり上げていく
──これまでの仕事で印象に残っていることは?

「パウル・クレー展 ── 創造をめぐる星座」展示風景。
黒田 企画の最初から携わり、準備に5〜6年を要した企画展「パウル・クレー展 ── 創造をめぐる星座」(2025年1月18日〜3月16日開催)です。パウル・クレーの作品を数多く収蔵するスイスの「パウル・クレー・センター」と「バーゼル美術館」へ行き、交渉を始めたのは2019年のことでした。展覧会には資金が必要なので、共催者を探したり、県外の美術館に企画を持ちかけたりします。最終的には、兵庫県立美術館と静岡市美術館の3館を巡回する大規模な展覧会になりました。タイトルの「創造をめぐる星座」は、開催会場の担当者みんなで相談して決めたものです。
120点の展示作品のうち、他の作家の作品が4割あり、クレーの作品だけではないというのが本展の特徴で、愛知県美術館のコレクションも活用しながらつくり上げました。パウル・クレーは決まったスタイルを持たず、さまざまな手法を並行して用いた画家です。同時代の芸術家との関わりをたどり、クレーを取り巻く環境も合わせて見ることで、作品をより深く理解しようというコンセプトでした。企画者として、大規模な展覧会を最初からつくり上げていくのは初めての経験で、私の学芸員としてのキャリアのなかでも大きな仕事だったと思います。

パウル・クレーの出身地、スイスへ3回渡航。写真上下は、クレーの作品を4,000点以上所蔵し、世界随一のコレクションを誇るパウル・クレー・センター。

──学芸員の仕事でやりがいを感じるときは?
黒田 コレクション展や企画展を開催し、たくさんの方々に見ていただけることがやりがいです。講演会や団体で来場する方に向けた解説会をする機会もあり、直に感想を聞けたり、熱心な質問をいただけたりもします。時には、私も気づかなかったところを指摘するような鋭い質問もあり、しっかりと響いているのだと実感できます。
また、学芸員は研究者の側面も強く持っているので、同じ学芸員あるいは研究者の方たちからの評価も非常に嬉しいです。学芸員・研究者同士でいろいろな情報を求め合う場面も多く、自分の専門分野の情報を提供できると、今まで地道にやってきた研究活動が学術界の役に立っているのだと感じることもあります。


図録の制作も仕事の一つ。美術史研究の最前線を垣間見ることができる世界が図録だと考え、あえて研究色を強く出しているそう。

所蔵品の来歴調査のため、ロサンゼルスにある美術館・研究所などの複合施設ゲティ・センターへ。「膨大な資料があり、世界中から研究者が集まる場所。自分専用の本棚が与えられ、そこに資料を保持できます」と黒田学芸員。
──学生時代の経験で役に立っていることはありますか?
黒田 レストランの厨房、配達、イベント会場の設営、ホールでの音響の手伝い、デパートにマネキンを運び入れる作業など、いろいろなアルバイトを経験しました。研究とは関係ないものを意識的に選んだのは、体を使うと気分が切り替わり、学業に集中できるから。いま思うと、いろいろな仕事をやってよかったです。学芸員は仕事の幅が広く、さまざま業種の人と関わります。他館から作品を借りるときは輸送業者と密に連携し、展示をつくるときは大工さんと相談しながら進めます。広報をするうえでは、新聞社やテレビ局の協力が重要です。もし、自分が研究や美術関係のことしか経験がなかったら、想像力が働かないところがあったかもしれません。アルバイトでいろいろな現場に関わったことは、相手の働き方、大事にしていることなどを想像するうえで力になっています。

愛知県美術館の所蔵品を海外の美術館へ貸し出す際は、学芸員が現地へ届けるのが決まり。積み込みの直前まで作品に付き添い、安全に取り扱われていることを確認してから搭乗します。

輸送中に、作品に負担がかからないように、進行方向に合わせた向きや隣に置く荷物のことなどを細かく指定するのも仕事。

海外の美術館へ無事に作品を届けたら、現地のスタッフと一緒に梱包を開封して状態などを確認します。

この時に届けたのは、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーの《グラスのある静物》。ドイツの都市ハレの美術館で展示されました。
──学芸員に必要な資格・スキルは何ですか?
黒田 大学に通うなかで取得する学芸員資格に加え、大学院の修士号が必要になることが多いです。「自分が専門としている分野は誰にも負けない」と言えるように、研究を積み重ねることも大切。私のような西洋美術の学芸員の場合、文献を読んだり、海外で交渉したりするための語学力も欠かせません。英語が話せるのはもちろん、専門とする地域の言語も必要になります。語学力は私自身もまだまだ足りていませんが、後は度胸でカバーです。


──仕事の必需品を教えてください。
黒田 作品に近づく時はえんぴつを使い、
芯が飛ぶシャープペンシルや、インクで手が汚れるリスクがあるボールペンは避けます。竹ヘラは、本を傷つけずにページをめくるためのもの。作品の傷や絵の具の剥落の状態を細かく確認するためのルーペも必需品です。万能ヘラは、マイナスドライバーの代わりにしたり、壁の穴を補修したりなど、展示作業で大活躍しています。


作品の状態を点検するときは、軽くてコンパクトなカメラを使用。凹凸を記録するため、斜めからフラッシュを当てて撮影することもあります。

仕事とは「伝」えること
──では最後に、あなたにとって仕事とは?
黒田 研究や専門教育を第一優先にしている大学などの機関と、観衆のみなさんの中間にあるのが美術館。そこで働く学芸員は、自分自身が新しい研究を進めることもありますが、最先端の研究を伝えていくことも大事な仕事です。展覧会などを企画するなかで、私たちはたくさんの本を読み、いろいろな人と話をします。膨大な数の文献を読むのは、骨の折れる作業でもありますが、仕事を通じていろいろな知識を得られるのはとても刺激的です。これからも、さまざまな展覧会の企画や図録制作などを通して、美術史研究の世界をできる限り多くの人に広く伝えていきたいと思います。

紹介した展覧会はこちら
2025年1月18日(土)〜3月16日(日)
パウル・クレー展 ── 創造をめぐる星座
※会期は終了しました。
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
2026年1月3日(土)〜3月23日(月)
2025年度第3期コレクション展
場所/愛知県美術館(愛知芸術文化センター10階)
愛知芸術文化センター&アートのお仕事
#01 舞台技術
#02 オルガニスト
#03 学芸員/キュレーター
#04 公共劇場プロデューサー
取材・文/木根和美
撮影・編集/村瀬実希(MAISONETTE Inc.)
※ 掲載内容は2026年1月22日(木)現在のものです。









