
2025/03/17
そこにシナリオはない。——身体感覚で紡ぐ映画 吉開菜央
愛知県美術館 収蔵作家インタビュー
聞き手/愛知県美術館 主任学芸員 石崎尚 撮影/千葉亜津子
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ちょっとした興味で禅寺修行へ
新しい生活と変化が芽生える
──愛知芸術文化センター・愛知県美術館オリジナル映像作品の第32作となる『まさゆめ』の監督・主演を務められた吉開菜央さん。ご家族にご不幸があって、ご自身の体調不良を機に訪れた禅寺での修行体験を活かした作品です。そもそもなぜ禅寺へ行かれたのでしょうか。
吉開 映画の『土を喰らう十二ヵ月』(2022年、中江裕司監督)を見たら、精進料理のシーンがいくつかあって。料理に限らず、生活の知恵を学べるなら禅寺に行ってみたいと思ったのが最初です。当時は著しいメンタル不調ではなく、普通に暮らせているけれど、よく眠れない日々が続いてわだかまりがある状態でした。それを改善する効果を期待したわけではありませんでしたが、「食べる」「寝る」「呼吸する」ということの意味を改めて知ることができたことが本当にすごく良くて。ここ数年で自分の身に起きたことや、自分の生活まるごとを、映画をつくることで捉え直してみようと試みました。
『まさゆめ』
2024年11月23日(土・祝)・24日(日)に開催した、第28回 アートフィルム・フェスティバルで『まさゆめ』を世界初公開。「ゆくゆくは7.1chで見てもらえるようになったら嬉しいです」と吉開。
──吉開さんの作品は、いわゆる映画のシナリオがないですよね。
吉開 私は「これをどうやって実現するんだろう」という内容をよく扱うので、今回も作品になるかな、ならないかなみたいな感じで(笑)。まず禅寺での体験を振り返りながら箇条書きにして、紙芝居にしました。絵コンテとは違うものですが、ちゃんとイメージを共有できるように。実際に撮るとなったら自分がどういうスタンスで作品に入っていけば良いのか、禅寺に何度か通って探りました。早い段階でご住職に許可をいただいて、修行者さんにも確認しながら進めています。
──実際、禅寺ではどのような生活を送られていましたか。
吉開 修行者が禅寺に入ることを入山と言います。最初は食事の修行からはじまり、 物音を立ててはいけないので震えながら食べました。毎日同じ時間で5時20分に起床、5時10分に太極拳。そのあとに座禅25分を2セットします。映画のなかにもありますが、朝一番に誰かのお腹が鳴って、 それに続いて「おはよう」と挨拶するように次々とお腹が鳴るんです(笑)。
──ほのぼのとしたユーモアを感じるシーンは意図的に入れているのですか。
吉開 修行をして高尚なありがたさを感じたというより、法話にiPadを使う現代的な和尚さんや、一般の修行者さんと共同生活しながら、少しずつ何かが起きていくことが良かったなと思い返しました。 むしろ公民館的なお寺の在り方に目を向けるようになり、所々に俗な部分が入り込んできます。
言葉になる前の感覚=情動を映像化
日々の断片をつなげてみたら
──不思議なかたちのオブジェが回転したりと、お寺のシーンとは全く離れて、独特なシーンが効果的でした。これまでの作品でも用いられている手法ですか。
吉開 大橋可也&ダンサーズの「ザ・ワールド」シリーズの舞台映像を担当していて、吸血鬼をテーマに液体系のものをずっと撮っています。夜の海の中を撮影したり、海岸で拾ったものでオブジェを作ったこともありました。「野口体操」で知られる野口三千三にもハマっていて、「生きている人間のからだは、皮膚という袋の中に液体的なものが入っていて、そのなかに骨も筋肉も内臓も脳も浮かんでいる」という概念に影響を受けています。私はそれを「肉袋」と呼び、いつか映画に取り入れられないかなと考えていました。今回は禅寺を取材テーマとしていますが、その教えは肉袋に通じるものがあると感じたので、肉袋を表したシーンも入れています。
──この作品は「食べること」をテーマにしていると思いますが、お粥を食べるところからはじまり、合宿を経て、後半は吉開さん自身がお母さんのおっぱいを吸っていた思い出にまで遡ります。食べ物から出発して、人生そのものを振り返るような壮大な構成でした。
吉開 小さい頃の映像を入れたのは自然な流れでしたが、最初の編集段階ではもっと雑然としていました。本当に必要なシーンだけを残した結果、自分でも気づいていなかった「食べること」でつながった感じはありましたね。
──スマートフォン、フィルムカメラ、ホームビデオなどいろいろな質感の映像が混ぜこぜになって出てくるのも、映像として触覚的、味覚的な感じで入り組んで面白かったです。
吉開 体調を崩したときに記録したものがいっぱいありました。そのときは首からフィルムカメラを下げて、ポケットには常にiPhone。撮ったものに触発されて、また撮る。動画も写真もボイスレコーダーも全部使っています。世の中すべてのものが美しく見えちゃうし、美しくないことにも惹かれる。それが意味的につながって見えたんですよね。でも、これをそのまま放置してしまうと、ただのゴミになってしまう・・・。 だから映画にして成仏させたいというのがあって、「作品になるかなぁ」と思いながらやっていたのが冒頭のシーンです。
──次回作をつくるとしたら、どんなテーマをお考えですか。
吉開 今回の映画にも取り入れたんですけど、肉袋をもう少し続けたいです。野口三千三に加えて、イスラエルのバットシェバ舞踊団の振付家オハッド・ナハリンのガガという身体開発メソッドにも着目しています。二人は時代も国も文化背景も違うところで生きてきたのに、かなり似たような身体観を持っていて、面白いのは二人とも大きな怪我をした後に独自のメソッドを生んでいることです。痛みと付き合うために考えられた動きとも言えます。人間の身体を液体的に捉えることは、私が撮影のために夜の海に入った経験と結びつくものがあって。そこはもう少し深められそうだし、野口とナハリンのことを深めてつなぐようなこともやってみたいなとぼんやり思っています。
「『肉袋』は、講師をする大学の授業でも最近よくやっています。死体のようになって、どこを触られても力を抜いて動かされると、身体がすごく緩むんですよ」と、全身を使ってゆらゆらとした動きを説明。
吉開菜央
Nao Yoshigai
1987年山口県生まれ、東京都在住。2010年日本女子体育大学舞踊学専攻卒業。12年東京藝術大学大学院映像研究科修了。映画作家・ダンサーなど多方面で活躍し、映像作品においても、自らの身体感覚を大切にしながら紡いでいくシーンに定評がある。15年『ほったまるびより』で第19回文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門新人賞受賞。19年『Grand Bouquet』でカンヌ国際映画祭の監督週間短編部門正式招待を受ける。監督・出演した映画『Shari』はロッテルダム国際映画祭2022に公式選出されている。
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「第28回アートフィルム・フェスティバルでオリジナル映像作品 吉開菜央監督『まさゆめ』世界初公開&上映後トークも!」レポート記事を公開中。完成披露上映と、その後の吉開監督と杉原永純氏(福岡市総合図書館学芸員)との対談の様子、来場者との質疑応答をご紹介しています。
文/Re!na 編集/村瀬実希(MAISONETTE Inc.)
『AAC Journal』by 愛知芸術文化センター vol.123 より
※ 掲載内容は2025年2月14日(金)現在のものです。