2024/12/25

さわって対話しながらアートを巡る旅へ「視覚に障がいのある方へのプログラム」鑑賞体験

視覚に障がいのある方を対象とした、作品にさわったり楽しく話し合ったりして行われる鑑賞会「視覚に障がいのある方へのプログラム」が、2024年11月16日(土)に愛知県美術館で開催されました。

 

「視覚に障がいのある方との鑑賞」は、国内では1970年代後半以降、一部の関係者による試みが始められ、現在では全国でさまざまな方法で取り組まれています。その中で1997年度(1998年1月~)から、愛知県美術館は地域のボランティアグループと連携してこうした活動を始めており、全国でも先駆的な例の一つ。「視覚に障がいのある方へのプログラム」は年に数回開催し、25年以上続く人気企画です。

 

参加者は愛知、岐阜、三重の各県内や遠くは東京都、大阪府から。小学校低学年から70歳代くらいまで幅広く集まり、「何年前から参加しているか覚えていないほど」「ほぼ毎回来ていて、欠席した回数を数える方が早いんじゃないかな(笑)」というリピーターの声も。

今回は、約2時間にわたるプログラムの様子をレポートします!

 

視覚に障がいのある方へのプログラム

 


長年プログラムの担当を務める愛知県美術館の深山孝彰副館長、藤島美菜主任学芸員のまずは挨拶から。

 

本プログラムは、主催の愛知県美術館が「アートな美」(旧:名古屋YWCA美術ガイドボランティアグループ)の協力のもと開催しています。「見えない人 見えにくい人とアートでトーク」が合言葉。参加者1名につきガイドボランティア1〜2名が付き添い、展示室の案内誘導と作品の説明を行いながら、対話を通してアートを楽しんでいただきます。

プログラム開催の1週間前にはリハーサルとして、学芸員からガイドボランティアへの作品解説と説明手順を伝達。2人1組でペアを組み、一人が説明をし、もう一人が目を瞑って聞く練習では、実際に作品を見たときに想像通り伝わっていたかを確認して、当日に向けて準備を進めてきました。


 

プログラムを始めた当初は休館日に開催していましたが、通常開館中に行うようになり、「一般の方が鑑賞している美術館の雰囲気も味わえるのがいい」と参加者からも好評です。

 

「さわる彫刻」の展示も!言葉を交わして見えてくる新しい世界

美術作品は視覚芸術ともいわれますが、実は見て感じるだけではわからないことも多くあります。「視覚に障がいのある方へのプログラム」では、特に彫刻などの立体作品にさわりながら鑑賞していくのが大きな魅力の一つ。学芸員間でテーマを設けてプログラムを構成し、リピーターにも初心者にもさわって理解しやすい作品が選ばれています。今回のテーマは「窓」。さわる彫刻として展示された6点を中心に、参加者は気になった作品を自由に見て回ります。付き添いのガイドボランティアとおしゃべりしながらスタート。

 

エミール=アントワーヌ・ブールデル《ペネロープ》1909年


国内他館での取り組みで、ニトリル手袋を着用して触察しているところもありますが、愛知県美術館では、作品の細やかな感触も感じてもらえるよう素手で行っています。プログラム前に手を洗う、指輪や時計を外す、優しくさわってもらうことは基本的なマナーとしてお願いしています。作品のかたち、質感、温度など、対象にさわることで得られる感覚が新鮮。ちょっと緊張しながら、衣服のひだを指でなぞってみたり...。

 

作品のストーリーを聞きながら、同じポーズを取ってみたり、思い思いに鑑賞します。

 

人物像にさわる際には、人物像の背後に回って背中側から手を伸ばしてさわると、自分と同じ向きのためポーズがつかみやすいなど、初心者にはフォローしてもらえるので安心。

 

一つの作品にさわりながらじっくり鑑賞すると、小さな発見がいくつもあり、会話も弾みます。「さわることによって初めてわかることがあります。それは見ているだけでは感じないこと。例えば、作家の指の跡や制作の継ぎ目など、作品を深めるヒントになりそうなことも見つかります。双方向のコミュニケーションで、私たち自身もそんな見方をしていたんだと気づくこともあります」と藤島主任学芸員。

 

レイモン・デュシャン゠ヴィヨン《恋人たち》1913年

 

本物の彫刻作品のほか、さまざまな鑑賞補助ツールを用いて鑑賞をサポート。絵画を立体的に示した立体コピー図を解説に合わせて指でなぞると、頭の中で作品をイメージする助けになります。

 

作品の特徴をわかりやすく表すための立体コピー図。黒い部分が発泡し盛り上がる特殊な紙を用いて、深山副館長が試行錯誤して制作しました。「視覚に障がいのある方へのプログラム」のリピーターが飽きないように工夫して、新作を少しずつ増やしています。

グスタフ・クリムト 《人生は戦いなり(黄金の騎士)》1903年

 

愛知県美術館が所蔵するコレクションの代表的名品と言えば、クリムトの《人生は戦いなり(黄金の騎士)》。絵にさわることができなくても、できるだけ感じてもらえたら...。そんな思いで用意された立体絵画。

 

馬の毛並みは手触りのある布、鎧は金属というように、実際は絵の具で描かれている部分も、モチーフの質感になぞらえて作っています。

 

ガイドボランティアによる参加者の一人ひとりに合わせたコミュニケーションで鑑賞を楽しく。

 

作品資料を片手にしつつ、フレンドリーな会話で作品の構図、色、形を伝え、互いにやり取りをしてイメージを膨らませていきます。

 

作品解説① 《世界の若かりし頃》

エドワード・ジョン・ポインター《世界の若かりし頃》1891年


最初に「縦が76cm、横は120cmある絵画作品です」という大きさを伝えたあとに「古代ローマの邸宅の中に3人の女性がいます」と話し、鑑賞者に想像してもらいます。建物の造りや登場人物の動きなど、徐々に具体的な説明を加えていきながら、途中で「居眠りする女性はヴィクトリア朝絵画で人気のモチーフ」といった豆知識をプラス。ほかにも「筆跡がまったくなくて、まるで写真みたい」「フィレンツェのルネッサンスのような美しさ」といったガイドボランティア自身の感想も。

 

立体コピー図は、絵画のようにさわれない作品鑑賞にも役立ちます。点字のタイトルを確認。

 

作品解説②《歩く人》

オーギュスト・ロダン《歩く人》1900年

 

《歩く人》というタイトルの通り、足が重要になってくる本作品。ガイドボランティアは「足幅に特徴がある」と伝え、足からさわってもらいました。「粘土で作ったときに思いっきり足幅を広げたことで骨組みの棒が出て、それがアキレス腱として存在しています」と聞いた鑑賞者は思わず「へー!」と反応。上半身については、右腕を前に出して左を見ている構図だと伝えます。それはどこでわかるかというと、つま先。つま先が左に向いているかどうか、さわって確認してもらっていました。「ロダンはいろんな作品があるんですね」と鑑賞者は一言。

 

「解説文をそのまま覚えるのではなく、ガイドする人がその作品を好きになり、自分の言葉で伝えられるようにすると、鑑賞者との生き生きとした対話が生まれます」と深山副館長。本日の鑑賞タイムは終了!展示室から会議室へ移動します。

 

鑑賞終了後は感想を伝え合い、アートの楽しさをシェア

 

みんなの声が聞こえるように大きな輪になって、一人ひとりに感想を話していただきました。作品のことを思い出したり、個性あふれるさまざまな視点に気づいたり、終始和やかなムードでプログラムは終了。みなさま、ありがとうございました!

 


\参加者にインタビュー!/

  • さわるだけではわからない部分を一つひとつ、スタッフさんに説明していただくことで新しい発見があって楽しかったです。やはり、普段友だちと鑑賞するときとは違って、細かいことまで聞けるのはうれしいですよね。与謝蕪村の《富嶽列松図》は、富士山と松原が対照的で印象的でした」(80代女性)
  • 「きっかけは総合リハビリセンターで教えてもらいました。いつから参加しているかは覚えていなくて、3回くらいしか休んでいないです(笑)。これまでに同じ作品もありましたが、見る角度によって感じ方が変わってくるので面白いです。今回は特に、エミール=アントワーヌ・ブールデルの《ペネロープ》が印象的でした。ドレスのラインが細かくてきれいで、昔の外国のつくりをしていると思いました」(50代男性)
  • 「参加者(小学校低学年)の母親です。盲学校の先生から聞いて、本人に話したら『行ってみたい』と言ってくれたので参加しました。今回が2回目なんですが、自ら積極的に彫刻をさわっていました。点字を習っているのでタイトルが少し読めたんですよ。鑑賞しながらポーズを真似ることもありました」

 

学芸員インタビュー

愛知県美術館の深山孝彰副館長、藤島美菜主任学芸員に聞きました。

 

Interview

 

プログラムに関わられている思いをお聞かせください。

視覚に障がいのある方たちとの鑑賞会は、晴眼者(視覚に障がいのない方)が、一方的に作品について解説するものではなく、参加者とともに作品の新しい魅力を見つけることであり、作品の新しい見方を発見することでもあります。こうした発見は、作品を研究し後世に伝えていくという美術館活動の使命を果たしていく上でも欠かすことのできない活動の一つといえます。

 

実施された際の気づきや印象的なエピソードは?

参加者がさわって鑑賞し理解していくプロセスのなかで、作品の本質的な要素を感じたり発見することが多くあります。そのような瞬間に立ち会えることは、学芸員にとっても喜びです。こうした指摘や発見が、作品の秘密や謎を解明する手がかりとして、作品研究への助けともなるからです。今回実施した11月のプログラムでは、ブールデル作《両手のベートーヴェン》について参加者から指摘を受けた左右の目の大きさの違いには、まったく気づいていませんでした。ここになにか作家の意図があるのでしょうか。疑問は課題として広がります。

 

エミール=アントワーヌ・ブールデル《両手のベートーヴェン》1908年

 

11月のプログラムは、初心者4割、リピータ—6割の方にご参加いただきました。リピーターに愛されているのは、作品について、ボランティア、学芸員、他の参加者と話し合い共有することが楽しいからではないでしょうか。

 

25年以上続けられているなかで、ずっと変わらず大切にされているのはどんなことでしょう?
プログラムを準備していくにあたり、学芸員としても真摯に作品に向き合い、見つけた見方や作品の本質的なものを、どのように伝えていくかを常に考えています。作品が内包しているものを表に出すためには、美術館が作品に対して丁寧に向き合う、多角的に研究していくという礎があってのことです。またボランティアグループといった地域の力を借りることでプログラムが実現します。これからも地域と連携して活動を続けていけるよう努力したいと思います。

 

これから参加される方へメッセージを一言お願いいたします。

私たちと一緒に作品の魅力を発見しませんか。

 

 

2025年度は夏・秋に開催予定です。

愛知県美術館の公式サイトでご案内しますので、どうぞお楽しみに!

愛知県美術館 公式サイト

 


撮影・取材・文/Re!na 編集/村瀬実希(MAISONETTE Inc.)
※ 掲載内容は2024年12月25日(水)現在のものです。

SHARE
  • LINE
  • X
  • Facebook